ヒーラーとヒーラー2

 街は大混乱に陥っていた。自宅へと逃げようとしているもの、施設に駆け込むもの。最早何から逃げているのかわからないももの。

それらに混じって、パラケルススとユータリスは森の方角へと足早に逃亡する。


「パ……パラケルスス様、肩が……」

「……気にすることありませんぞ。元々腐敗しておりますから」


 〈光矢ライトアロー〉は取り除いたものの、その影響はまだ強く残っている。

だらりと下げられた腕は、元々腐っていた体から膿を発生させている。

魔術が付与された特殊な衣服であるがゆえに、それが汚れることはない。しかいながら伝った指先では、血液と膿が混じった濁った色の液体が滴っている。

 たとえレベルが下でも、勇者の仲間はそれであることに変わりない。

パラケルススに大打撃を与えるには十分すぎた。


「森まで後少しです! 速く!」

「はっはい……」


 だが悪を根絶せんとする、パルドウィンの者達はそうはさせない。

森の入口へと駆け込もうとする二人目掛けて、光の矢が大量に飛んでくるのだ。

 マイラはまだ中央区にて通信を行っているので、これらの攻撃は追跡してきた兵士達のものだ。

レベル175の勇者の仲間に比べれば、大したことのない攻撃だ。

 本来のパラケルススであれば、指先に魔力を込めて光属性に当たらないように弾き返せていた。

だが最初に受けた重い光属性の一撃と、それによる激痛。そして自分よりも遥かに弱い、ユータリスを守らねばならないという考え。

 何よりも魔力を上手く練れないくらいには、彼の具合は悪化していた。ユータリスに悟られぬよう我慢していたが、こればかりは駄目であった。


 かわすことも出来ない。弾くことも出来ない。

であれば――身を挺して守るしかない。


「パラケルスス様!」

「がっ……ぐう、低レベル、とて……厳しいですなぁ」


 ユータリスは最近追加された幹部。レベルこそ低いものの、ジョルネイダの新しい勇者に対抗して、アリスが新たに生み出した存在だ。

それを今この場で、パラケルススの失態のせいで失うわけにはいかない。


「す、すぐに治癒を……」

「や、やめてくだされ……。治癒魔術は光属性ゆえ……ダメージを負います……」

「で……では……ど、どうすれば……」

「自分を治療できるのは、ルーシーとアリス様のみ……。大丈夫ですぞ、耐性を上げる、魔術を……ん?」


 目がかすみ、手指がカタカタと震え始めている。魔力のコントロールが上手くいかず、耐性を上げるための魔術を繰り出せない。

 レベル200であるパラケルススを、ここまで衰弱させるほど。属性の有利不利は重要な事柄であった。


「うぐ、……はぁ。シスター・ユータリス。頼みがあります。自分はそろそろまずい状況らしいですので、逃げる間の防衛をお願いしたいです」

「お任せください!」

「では防御する箇所に、魔力を張り巡らせてください。そうすれば光属性を軽減、もしくはカット出来ますゆえ。出来れば攻撃の当たる直前に展開できれば、一番よいのですが……」

「それは……難しそうですね。でもやってみます」


 そんな会話をしていれば、街の方から声がしてくる。

先程聞いた少女の声だった。通信を終えて追ってきたのだろう。

 しかしパラケルススはそれに違和感を覚えた。足音、声の多さ。どう聞いても数百の兵士と比べ物にならないほどの量だった。

誰がどう聞いても数万単位にまで増えているのである。


「……まずいですな。人数が増えております」

「まさか、援軍ですか? アリス様でもないのに、即座に人を大量に送るだなんて……」

「パルドウィンは弱い国ではありませぬ。魔術師を複数用意すれば、強大な魔術も可能というもの」

「では本当に……。急ぎましょう」

「そうですな」


 二人が動き出すと、どこからかまた光属性の魔術が撃ち込まれる。

今度はユータリスが即座に動き、パラケルススの言われたとおりに防御を展開した。

防御魔術を習得していないユータリスに出来る、最大限の守りだった。

 飛んできたのはたった数発の矢だった。

なんとかユータリスはそれを弾き飛ばしたものの、魔力量も乏しければコントロールにも長けていない彼女にとって難しいものだった。


「……はぁ、はあ……。い、行きましょう」

(…………まずいですな)


 ほんの数発の応戦だったが、ユータリスは非常に疲弊している。

元々戦闘向きではない。知識人として生み出され、〝もう一つの役割〟も知略を必要とするものだ。

これからもっと兵士が増えて、大量の属性攻撃を行われるとしたら。それこそ、そこでおしまいなのである。


「いたぞー!」

「森に逃げ込ませるな!」


 ドタドタと流れ込んでくる大量の兵士。遠くには投擲魔術を準備している魔術師達が並んでいて、次に放つ魔術の準備をしている。

連発が出来ないのが不幸中の幸いだろう。


「ぐっ、低レベルならば……――〈ホムンクルス生成〉!」


 パラケルススは所持していた遺伝子サンプルを空中へと投げた。

〝患者〟からだったり、兵士からだったり、今までこの世界で見てきた生き物から奪ったモノだ。

 そしてスキルを唱えると、うぞうぞと数体のホムンクルスが生成された。

レベルは圧倒的に低く、普段ならば簡単に生み出せるはずの高レベルホムンクルスですら生み出せない。


 何よりも造形がぐちゃぐちゃだ。

いつもならば人の形を完璧に保ったものが作り出せるのに、どう見てもまがい物。クリーチャーである。

 おぞましい声を上げながら、ずるずると体を引きずったり、血肉が滴ったり。

化け物が形成されていた。


「ハッ、失敗、ですなぁ……! ですが……」

「レベルは70近辺ですね」

「ですな。時間稼ぎくらいは……できましょうぞ。さあ、今のうちに」


 兵士程度の足止めと時間稼ぎならば可能だ。雑兵の相手を任せて、二人は森へと急ぐ。


 オベールとアベスカにかかる大森林に入れども、すぐに亜人や魔獣の縄張りに出くわすわけではない。

比較的低レベルな魔獣などは森の入り口付近にも居たりするが、大抵は奥の方へ向かわねば出会わない。

 マイラを足止め出来るような高レベルの魔物達は、早々に出てこないというわけだ。

 何よりも機動力もさして高くはない二人。ホムンクルスの補助があれど、はたしてどこまで逃げられるのか。

それは誰にもわからない。



「うぐっ……!」

「パラケルスス様!」


 パラケルススの肩に激痛が走り、彼は足を止める。

光属性というものは、時として魔族に毒のような振る舞いを見せるのだ。矢自体は抜き取ったものの、体の中に残った属性攻撃を解除出来ないままいる。

 じわじわとパラケルススの体力を奪い、命を蝕んでいるのだ。

 ユータリスは心配そうに駆け寄るが、してやれることは何もない。

焦りながら周囲を見渡せば、視界に一瞬だけ建築物が目に入る。

 その方向を再び見やれば、木々の隙間から小屋が見えた。改めて見ればあまり頑丈とも言えないボロ小屋だったが、今はわがままを言っている暇などない。

少しでも休んで回復しなければならない。


 ユータリスはパラケルススを支えると、小屋の方へと向かった。

幸いまだホムンクルスによる足止めが効いているようで、そこを抜けて追いかけてくる兵士は見られない。

逃げ込むならば今だろう。


「逃がすかぁ!」

「!!」


 後方から聞こえた声。微かではあったが、聞き漏らすわけにはいかなかった。

放たれた攻撃は、数発の矢。属性攻撃ものっていない、ただの矢による攻撃だった。

しかしそれは的確にユータリスの背中、腰になど命中する。


「いっ……」

「シスター・ユータリス! 自分のことは置いていくのです、その怪我で自分を背負うのは……」

「……だめ、です! そんな事、出来ませ……ん!」

「く……っ」


 先程教えた魔力を纏った簡易防御も、パラケルススを支えながら歩くとなれば難しい。

他の幹部であれば簡単にやってのけるのだろうが、今連れているのはシスター・ユータリスだ。

 戦闘に不向きで、魔力も乏しい。もっと言えば今のただの攻撃で、体力もそれなりに削れてしまっただろう。

だと言うのにそれを耐えながら、必死に足を動かしている。

 痩せ型のパラケルススとはいえども、身長は彼のほうが上だ。

そんな彼を支えて歩くのは、女性であるユータリスには苦しいこと。更に体に刺さっている矢のことも考えれば、ユータリスには厳しい状況だった。


 やっとのことで小屋にたどり着いた頃には、二人は満身創痍。

あれ以降に攻撃は行われなかったものの、既に受けている傷でボロボロだった。

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