摘発1

 ――結局。

半日という圧倒的に短い時間で、ルーシーとベルはアベスカに巣食う闇組織を、ほとんど潰してしまった。


 流石にここまで来て、実際に目の前で実力を見たプロスペロは、もう彼女達の力を疑うことなどするわけもない。

 始めは戯言かと思っていた。こんな自分の妹のような年齢の子達が、プロスペロの怯える組織を潰すだなんて絶対に不可能だと思っていた。

 だが事実、やってのけてしまった。辛勝とか、引き分けとかそういうのではなく、圧倒的に絶対的にねじ伏せた。

道端のアリを潰すような感覚で、ガードマンや中に居た組織員、そして幹部、ボス。息をするように殺していった。

 最初にプロスペロに言った「プロスペロを殺させないから」というのは本当だったのだな、と帰路につきながらぼんやりと思った。


「多分細々としたのが残ってるだろうね」

「それはあとでパラケルススに頼もうよ。面談してる時にアンケートでもとってもらお~? もうつかれたー。おかしたべたーい」

「そだね、帰ろっか」

(絶対……逆らわないでおこう……)


 こんな「学校帰りにカフェ寄ろ?」みたいなノリで帰る、少女の後に続きながらトボトボと城へと向かう。

あれだけ残虐なことがあったのにも関わらず、彼女達の衣服は綺麗なままだ。返り血が飛んできたところで、すぐさま綺麗になった。

 プロスペロも来たときのままで、元々ついていたすす汚れや泥汚れなどはありつつも、新規の汚れ――特に血液なんてものは付着していない。


 そもそも、このルーシーとベルの横を通り抜けられる存在が居なかったのだ。

後ろに付いて歩いていっていたプロスペロは、ただ目の前で人間が死んでいくのを見ているだけだった。


「プロスペロはもういいよ」

「え!?」

「また用事があったら呼ぶと思うけど、あとはこっちの仲間との報告があるから」

「あ、は、はい! じゃあ、帰ります……?」


 疑問符がついたプロスペロの言葉に、ルーシーはハッとする。

彼は元々借金に追われて盗賊をやっていたのだ。今帰れる家などあるはずがない。

アベスカ城下町にやってきて、すぐにルーシーとベルと今の作業をやっていたのだ。住む場所の手配も何もしていない。

 流石にアリスの名前をもって保護した人間を、城下町で野宿させるわけにはいかない。

ゴソゴソと服のポケットを漁ると、いつ貰ったか覚えていない貨幣が出てきた。


「ん! とりまこれあげっから、テキトーに宿とってくれる?」

「はい……、え、えぇええぇ!?」

「うっさい!」

「こ、これ、金貨……5枚も……」

「5万マナカだっけ? 数日は泊まれるでしょ?」


 プロスペロはポカンと開いた口が塞がらない。少女のポケットから出てくる金額なんて、たかが知れてるからだ。

こんな連泊出来るような大金が、いとも簡単に出てくるはずがない。

 それにプロスペロの境遇を考えれば、この金をなにかに使うとも考えられるだろう。だがそんな心配などせず、ポンと渡した。

 もっともプロスペロが、あの虐殺を見ていた上で盗みを働いて逃げようなどと思えるはずがないのだが。


「え、あの……」

「さっさと行く!」

「は、はいぃ!」





王城内、パラケルススの部屋――


「おや。思っていたより早かったですな」


 ちょうど診療が終わったパラケルススが、カルテやらを整理しているところだった。

当日分の治療は終わりなのだろう。いつもはルーシーが押しかければ嫌そうな顔を見せているところだが、余裕があるのかそんな様子は見られない。

純粋に戻ってきた二人を歓迎している。


「トーゼンっしょ!」

「あとは国民に聞いたりして、小さい組織潰せば終わりだと思う」

「アリス様もお褒めになるに違いませんな」

「んなことよりさー、さっき伝えた件だけど」


 〝さっき伝えた件〟とは、プロスペロがポロリと零したライニールと裏組織の癒着についてだ。

伝えた時刻が半日前、となると流石にパラケルススも仕事中だっただろう。

だが内容が内容だ。アリスの計画の邪魔になるかもしれないという存在を、そのまま野放しにしておけるだろうか。

当然ながらパラケルススはすぐさま動いた。

 アベスカ国内を走り回るならまだしも、問題は城内で起きていたのだ。部屋を出て少し歩けばその該当する人物は見つけられる。


「あぁ。届いてましたぞ。早速あの駄国王に伝えましたよ」

「で? どう?」

「そりゃあもう、ペロッと吐きました。大臣殿達は顔面蒼白でしたな、ヌハハハ。あぁ、あと国民へ謝罪する準備を整えておりますぞ。ホムンクルスを走らせましたから、一時間もすれば城に人間どもが集まるでしょうな」

「り!」


 ことがテンポよく進んでいるのを知ったルーシーはごきげんだ。元々そこまで機嫌を損ねるような性格ではないが、ライニールの悪事に関しては彼女ですら憤慨するものだ。

ただのアベスカの国王ならばまだしも、今はアリスの支配下にある存在。それを自覚しない人間など、ルーシー達にとって不必要なものでしかない。


「パラ殿はさ、ライニールを支持する人間がいると思う?」


 ベルが問う。

元々民を無視して贅沢を貪るような男だ。支持する人間など、闇組織の者達くらいだろう。

それか妄信的に王に付き従っている連中とかだ。言うなればあってないようもの。

 だが今回のでその数少ない支持者も消える。

戦後で苦しいというのに、そこから搾取しようとする闇組織達を喜んで受け入れている国民などいるはずがないからだ。


「んん? いないと思いますぞ。それに最近は兵士共も、自分に愛想良く話しかけてきますし……、もしやすると我々に対する考えが変わっているやもしれません」

「んえー? どーゆーこと?」

「アリス様を支持する人間が、増えているかもしれないってことだよ、ルー子」


 ベルが噛み砕いて説明すれば、ルーシーの青い瞳がきらきらと輝いた。見た目相応の、物事に感動する少女の瞳。

つい先程まで大人の男を嬲り殺していた、ルーシー・フェルとは違う。


「ヤバーイ! 超すごいじゃん!」

「ですが、好意的なのは自分とルーシーに対するものですから。アリス様についてを、このライニール国王の裁きの場にて伝える必要がありますな」

「ならあの国王の右腕が出しゃばるかもしれないから、途中で口を挟んだほうがいいかも」


 ライニールは馬鹿ではないが賢くもない。そんな彼を制止して、まとめる人間が必要だった。

それが彼の秘書であり右腕であるマグヌス・ヘダーである。

ライニールの横暴でマイペースなやり方についてこれる数少ない人物で、そんなライニールをコントロールしてみせている。

 何か問題が発生した際には、ライニールが余計なことを喋らぬよう口を出したりする。

当然ながらライニールはそのことを良くは思っていないが、他大臣達の猛説得により彼の怒りは回避された。

 こうしてマグヌスが嫌なことなどを背負うことによって、なんとかこのアベスカは回っているのだった。


「おぉ。ベルはそういうのも把握しているんですな」

「ちょっと、あーしもしかしてdisられた系?」

「使用人や国民と交友を深めるのもよいですが、王の周りや政治関連にも目を向けて欲しいものですな」

「うぇー、だる。そーゆーのはパラケルススの仕事っしょ」

「違いますぞ……」


 同僚のあまりの能力のなさに、あからさまに顔を歪めるパラケルスス。

そんなやり取りを見ながら、ベルは密かに笑った。

 幹部に一貫してそうだが、人間に対する嫌悪や慢侮することは共通すれど、仲間に対する意識は別だ。

軽口を叩きあったり、毒舌を吐いたりしても、アリスに生み出された大切な存在だというのは心のなかにある。

だからお互いに大事だと思っているし、アリスの言う「家族」「仲間」だと認識している。

 ベルの中に湧き出る感情はそれとは別に、設定にある「オタク女」のような〝推し〟が仲良くしていることを喜ぶ心かもしれない。だがそれだとしてもそれではないとしても、ベルは心底二人を好いていた。


 そんな三人に近寄るのは、無表情だが顔の整った娘。着ている服は城の使用人として従事しているメイドの服だ。

 〝それ〟は、パラケルススの生み出したホムンクルスの一部であった。

国民に与えるような精度の高いものではなく、最低限の使用人としての仕事が出来るような簡単なものだ。

だから表情が乏しいのだが、最早これは愛嬌だろう。


「パラケルスス様、ルーシー様。並びにベル様。国民がおおよそ揃いました。王や大臣らももうバルコニーの方に出ております」

「おっし、今からいく!」

「向かいますぞ」

「あたしは二人の勇姿を、後ろから見てるね〜」

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