第二十六話「名工デリバ・ピケ」

 ふさふさの茶髭を蓄えた小人族ドワーフ

 顔がやや老けていることから察するに、年齢は五十くらいだろうか?

 エプロンを着て、背中にピッケルを背負った男。


「まてまてまてまて!

 わ、儂が何をしたというのじゃ!

 勘弁してくれ!」


 男は青ざめた顔で両手をあげる。

 しかし、ジャリーは剣は男の首筋から離れない。


「目的は何だ。

 言え」


 ジャリーの剣幕は凄まじい。

 周りの注目が、一気にジャリーに集まっている。

 屋台の店主も目を丸くしていた。

 ジュリアはキラキラした目でジャリーを見ながら、リンゴをむしゃむしゃ食べている。


 俺は王子だ。

 もしかしたらこの男が俺を狙った暗殺者や盗賊である可能性も考えられるため、ジャリーの行動は護衛の仕事の範囲内であり、とても良い仕事をしている。

 しかし、もし暗殺や盗賊などとは関係なしに、たまたま背後に立ってしまったのだとしたらこの男が可哀想だ。

 そう思った俺は、男に助け船をだすことにした。


「すみません。

 あなたは、どなたでしょうか?

 なぜ、俺の背後に立ったんですか?

 忠告しますが、正直に言った方が身のためです」


 俺は、努めて落ち着いた口調で言う。

 ここで男が変なことを言えば、最悪ジャリーに殺される恐れまであるので、忠告をした。

 俺の忠告が効いたのか、ジャリーの脅しが効いたのか、男はしどろもどろになりながらも口を開いた。


「わ、儂は、お主が持っている羽ペンが気になっただけじゃ!」

「羽ペン?」


 なんだ、その理由は。

 正直、今取り繕った偽りの理由としか思えない。

 そんなの、俺が羽ペンを持っているのを見て言っただけじゃないか。

 この男、怪しいな。


 俺が訝しむ目を向けると、男は焦ったようにしゃべりだした。


「な、なんじゃその目は!

 本当じゃぞ?

 そのペン、もしやデリバ・ピケが作った羽ペンじゃないか?」


 デリバ・ピケ。

 その名前には聞き覚えがあった。


 そういえば、誕生日プレゼントでこの羽ペンをレイラからもらったとき、レイラは「この羽ペンは名工デリバ・ピケが作った一級品」と言っていた。

 この男は、そのことを言っているのか。


 この羽ペンはかなり凝った造りになっているし、羽の部分は魔大陸に生息するA級モンスター、レッドイーグルの羽だと聞いている。

 珍しい作りなので、人によっては近づいて見たくなる人もいるかもしれない。


「確かに、この羽ペンを作ったのはデリバ・ピケという名工の方だと聞いておりますが……」


 そう言うと、男は目を大きく見開いた。

 そして、口角が釣り上がる。


「わっはっはっは!」


 男は、ジャリーに剣を首筋に突きたてられているというのに、腕を組んで大声で笑いだした。

 その様子を見て、ジャリーの剣の握りが強まる。


「おい!

 何を笑っている!」


 ジャリーの怒声が飛ぶも、男は笑顔のまま。

 何がそんなに可笑しいのだろうか。


「いやいや、すまんすまん」


 男は笑いすぎて涙が出たようで、手で涙を拭っている。

 そして、男は二ヤニヤとしながら俺に向かって言った。


「見覚えがある羽ペンだと思って見てみたら。

 まさか、儂が作った羽ペンを使ってる者と、こんなところで出くわすとは思ってなかったものでのう」

「へ?」


 今、「儂が作った羽ペン」と言ったか?

 ということはつまり……?


「儂の名前は、デリバ・ピケじゃ。

 その羽ペンを作ったのは儂じゃぞ?」


 デリバはドヤ顔で言った。



ーーー



「まさか本当に、あなたが名工デリバ・ピケさん、なんですか……?」

「うむ!」


 腕を組んで大仰に頷くデリバ。


 何とも信じられない偶然だった。

 まさか、この羽ペンを作った人に、こんなところで遭遇するとは。

 王家に物を売るくらいなのだから、本当に本人なら間違いなく名工中の名工である。

 デリバの名前を聞いて、ジャリーも剣を首筋から離した。


「その羽ペンは作るのに結構苦労したぞ?

 確か、二年ほど前にメリカ王国の王族の者が買い取ったはずなんじゃがのう。

 なぜ、お主が持っているんじゃ?」


 やや訝しむような視線。

 盗んだとでも思っているのだろうか。


「この羽ペンはお母様から誕生日プレゼントでもらったものです。

 レイラお母様は、メリカ王国の王妃ですので」


 すると、デリバは眼球が飛び出るのではと思うほど、目を大きく見開いた。

 そして、口をワナワナ震わせる。


「じゃ、じゃあお主はまさか……王子なのか……?」

「ええ。

 俺はメリカ王国の第二王子のエレイン・アレキサンダーです」


 俺の名前を聞いて、デリバは呆気にとられた様子。

 それから急に、デリバは大きな声で笑いだした。


「わっはっは!

 こんなところで儂が作った羽ペンを使う者がいると思ったら、まさかメリカ王国の王子じゃったとは!

 王子の背後を取ってしまったんじゃ。

 尋問されるのも納得じゃわい!

 人生、何が起きるか分かったもんじゃないのお!」


 そう言いながら大声で笑い続けるデリバ。

 ジャリーは呆れたようにデリバを見下ろす。

 

 すると、リンゴを食べ終えたジュリアが俺の隣に来た。


「エレイン、誰この人?」

「名工のデリバ・ピケさんだよ。

 この羽ペンを作った人みたいなんだ」


 そう言ってジュリアに羽ペンを見せると、ジュリアは興味津々な様子で羽ペンを見た。


「綺麗な羽ペンね!

 本当にあんたが作ったの?」

「うむ」


 デリバはまた腕を組んで大仰に頷く。

 その様からは職人の貫禄が出ているようにも見える。


 すると、ジュリアはデリバに対抗するように腕を組み、胸を張ってデリバを見下ろした。


「じゃあ、あんた!

 私にも、この羽ペンを作りなさい!」


 横暴である。

 先ほど作るのに苦労したと言っていたのに、再び作らせようとするとは。

 ジュリアは、素直な性格ではあるものの、あまり礼儀を分かっていない節があるな。


「ちょっと、ジュリア。

 君は、羽ペンなんて使わないでしょ」

「う、うるさいわね!

 欲しいったら欲しいの!」


 子供か!

 確か、ジュリアは十六歳で、すでに成人を迎えているはずなのだが。

 それとも、体は小さいので見た目通りと考えるべきだろうか。


 すると、デリバはまた笑い始めた。


「わっはっは。

 王子のコレは気の強い黒妖精族ダークエルフか!

 流石、この国の王子じゃ!」


 デリバがコレと言って、小指を一本だけ上げたのはそういう意味だろう。


「いや、ジュリアはそういうのじゃ……!」

「いいんじゃいいんじゃ!

 他種族好きの男に対して儂は偏見を持っとらん!

 それより、王子のために何かプレゼントしてやるとするかのう!

 その赤い羽ペンはそれしかないから、羽ペンが欲しいなら色違いになると思うがの!」

 

 俺が否定しようとするよりも早く、横からキラキラした目でジュリアが割り込んできた。


「ほんと!?

 色違いでも全然いいわ!」


 ジュリアは嬉しそうな顔をしている。

 おそらく、デリバが上げた小指の意味など分かっていない。


「あの、本当にいいんですか……?」

「わっはっは!

 王子が気にするんじゃないわい!

 こんなところで偶然儂が作った羽ペンを使う者と出会えた記念じゃ!

 それに、王家の者とパイプを作っておけば商売に困らないからのう!」


 そう言って豪快に笑うデリバ。

 後半の王家とのパイプを作りたいというのが本心といったところか。

 

 まあ、悪い人ではないようだ。

 最初懸念していた暗殺者や盗賊でなくて良かった。

 ジュリアにプレゼントをくれるというのであれば、もらっておくか。


「それじゃあ、儂の工房に案内するぞ!

 ついてこい!」


 そう言って、デリバはズカズカと歩き出した。



ーーー



「すご……」


 思わず、声が漏れてしまった。


 デリバに案内されて着いた場所は、宿から大穴を間に挟んで反対にある西の地区。

 その中でも、一際目立っている建物の目の前にいた。


 目の前には普通の家が五軒は建ちそうな大きな建物。


 中を覗くと、見たこともないごつい器具で溢れていた。

 溶接するために使っているのであろう大きな火床に作業台、それから、見たこともないような大きな鉄の器具や木材、細かい部品で溢れている。

 これが名工の工房か。


「わっはっは!

 どうじゃ、これがバビロン大陸一の名工、デリバ・ピケ様の工房じゃ!

 自由に中を見学するといい」


 言われて、俺とジュリアとジャリーは工房の中に入る。


 ジュリアは目を輝かせながら、工房の中を小走りで駆けまわる。

 ジャリーはジュリアの後を追って静止させようとするが、ジュリアは聞く耳を持っていない。


 しかし、今回は俺もジュリアのことを馬鹿にはできない。

 思わず、この工房の凄さに夢中になってしまう。


 置いてある色々な大きな器具がどのように使われるのか気になるところではあるが、一番気になるのはやはり真ん中にある巨大な乗り物のようなものである。

 車輪がついていて、座る席のような場所があるため乗り物のようなもの、と表現したが、本当に乗り物なのかは分からない。

 両側面から翼のように生えた二本の鉄塊はなんとも異様である。


「デリバさん。

 これは、なんですか?」

「ん?

 あ、ああ……」

 

 俺に聞かれて、少し苦い顔をしたデリバ。


「これは、顧客に作ってくれと頼まれて作っているものじゃ。

 設計書付きで頼まれたんじゃが、中々良く分からない仕組みでのう。

 二年間かけて作り上げたんじゃが、完成しているはずなのに作動しないんじゃ。

 つまり、未完成品じゃよ」

「二年間も!?

 一体これは何なんですか?」

「うむ、儂にも良く分からん。

 設計書には『小型航空機』と書いてあったぞ。

 完成すると、空を飛ぶようじゃな」

「空を飛ぶ!?」


 空を飛ぶ乗り物だって?

 そんなもの、生前でも見たことがない。

 「小型航空機」という言葉も初耳だ。


 この大きさで小型ということか?

 あの、人が乗る座席みたいなところを見るに、人を乗せて空を飛ぶことができるということだろうか。

 やや、想像できない話である。


「そ、そんな大それた物の製作、誰が頼んだんですか?」

「すまんが、顧客の情報は、たとえ王子が相手でも言えん」


 まあ、それもそうか。

 顧客の情報を簡単に漏らすような者は信用されない。

 商人であれば、当然の感情だ。

 そこは俺も素直に納得して黙る。


 しかし、気になる。

 空を飛んだとしたら、どれほどの速さで飛ぶのだろうか。

 まったく想像できない。


 現在、人が空を飛ぶには、ルイシャが使える風魔術『天空飛翔エアフライ』を使わなければ不可能だろう。

 しかし、あれはかなりの魔力を使う、とルイシャは言っていた。

 普通の人に使える代物ではないらしい。


 となると、この「小型航空機」と言っていた機械が本当に飛べるなら、この世界にとって革命的な機械になるのではないだろうか。

 そう考えると、これは看過できない情報である。


 俺が、さらに深堀した質問をしようとしたとき、ジュリアが口を挟んできた。


「ねえ、デリバ!

 じゃあ、これはなに?」


 そう言って、ジュリアが手にしているものは、鉄の筒のようなものだった。

 持ち手がある変わった形をした鉄の塊だ。


「ああ、それも例の顧客に依頼されたやつじゃ。

 『拳銃』というらしい。」


 拳銃?

 これもまた、初めて聞いた名前である。


「何に使うものなんですか?」

「それが、よくわからないんじゃ。

 完成すると、中の小さな鉄の鉛が勢いよく飛び出すらしいんじゃが……。

 これも完成しているはずなのに作動しない未完成品じゃ」

「そ、そうですか」


 鉄の鉛が勢いよく飛び出す、か。

 子供の玩具だろうか?


 いまいち、その依頼人が欲している物が謎である。


「ふーん。

 ところで、羽ペンはどこにあるの?」


 ジュリアは説明を聞いて、興味を失くしたように作業台に「銃」をポイっと投げる。


「ああ、それならここじゃ」


 そう言って、デリバは工房の隅にあった作業台から何かを持ってくる。

 デリバの手に持っていたのは、青い羽のついた羽ペンだった。


「青い羽ペンだわ!

 綺麗ね!」


 そう言って、デリバの手から羽ペンをひったくり、まじまじと羽ペンを見るジュリア。

 その顔はニマニマしていて嬉しそうだ。


 ジュリアの嬉しそうな反応を見ながら、デリバは羽ペンについて自慢げに解説を始めた。


「その羽ペンはテュクレア大陸に生息するB級モンスター、ブルーイーグルの羽を使って製作したものじゃ。

 金属の方は、儂がドバーギンの大穴で採集した金鉱石を使って作っておる。

 王子の方に売った赤の羽ペンと並ぶ、一級品の作品じゃ。

 ジュリア。

 お主にその羽ペンを授けよう!」

「ありがとう!

 デリバ!」


 素直にお礼を言って喜ぶジュリア。

 しかし、こんな良い物を頂いてしまって良いのだろうか?


 世の中、タダより怖いものはない。

 やや不安になったので、口を挟む。


「本当にいいんですか?

 こんな素晴らしい物を頂いてしまって」


 そこで、本性を現したかのようにデリバは少しだけニヤリと笑った。


「羽ペンは全然構わないのじゃが……。

 実はお主たちに頼みがある。

 聞いてもらえんか?」


 なるほど。

 おそらく、この頼みのためにジュリアにタダで羽ペンをくれたのだろう。

 

 こんな高価な物をタダでくれたのだ。

 何を頼まれるか分かったものではないが、聞けるだけのことは聞いてやりたいところだ。

 

 すると、ザノフは急に真剣な目つきで俺を見た。



「ドバーギンの大穴に現れた魔物を討伐して欲しいのじゃ」

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