#Novelber 2020
此瀬 朔真
Day 1 ~ Day 15
Day 1 門
鉄が軋み、錆が落ちる。
懐かしい軒先には乾いた花を一輪吊るす。くすんだ紅色は再会の伴わない別離のしるしだ。
十一月の風はいよいよ冴えて急かす。たったひと月の道のりに、何を急ぐことがあるのか。
苦く笑い、古びた門を静かに閉じれば、遂に私は独りになった。
旅が始まる。
Day 2 吐息
息が切れ立ち止まる。迷いを振り切るように歩くうち、辿り着いた野辺は芒のざわめきに満ちていた。
幻めいて霞む景色に人影はなく、今なら独白を聞き咎められることもないと口を開いた。
そっと呟いた言葉は、しかし声にならず、吐息と後悔だけが宙に溶けて消える。
Day 3 落葉
小さな街に入る。数えるほどの葉を残した街路樹を眺めながら歩くうち、思い出したのは古い約束。
「あの葉が落ちたら、そのときには」
指切りしたのは遠い日のこと。覚えているのはもう私だけだ。あれからひどく時間が経ってしまった。
沁み入るほどに黄色い葉が、音もなく落ちていく。
Day 4 琴
路地裏に女が一人立っていた。弦をつま弾く指先、歌を口ずさむかすかな声に思わず足を止めると、女は不意にこちらを見て笑った。そこに浮かんだ憐れみの色に気づき、動揺に瞬くと既に辺りには誰もいない。
幽霊とは現在に浮かぶ過去だ。過去に生き続けている私も、それと大差ないのだった。
Day 5 チェス
白のポーンがかつんと倒れる。酒屋で隣り合った老人はなかなかの腕前だった。
「お前さん、失せ物を探しているね」
無慈悲な黒の女王が迫る。白い屍が積み上がる。
「それは見つからんよ。……チェックメイト(諦めたまえ)」
為す術もない白の王は、きっと私の似姿だ。
しかし、それでも。
Day 6 双子
同じ服。同じ靴。髪型まで瓜二つ。きゃらきゃらと笑う小さな影たちが駆けていく。
懐かしさは呪いのように足を竦ませる。かつての私たち。かつての私。どこまでもずっと、あの子たちのように手を取り合って走っていくのだと信じていた。
足音は角を曲がり、遠ざかって聞こえなくなる。
Day 7 秋は夕暮れ
伸びゆく影を引きずって街を後にする。人の声、匂い、気配。何もかもが遠い記憶へ繋がる。絡まり合うほどに寄り添った影が景色に二重映しになる。
後悔なら飽きるほどした。
無駄と理解している行為以外、私は私を留めておく方法を知らない。
十一月の日が暮れていく。
繋ぐ手はもうない。
Day 8 幸運
左手を見るのは染み付いた癖。解れかけた赤い糸はいつかの贈り物。
手ずから編んだという小さな装身具を私の腕に巻き、幼い指を祈りの形に組む。
「あなたにいつも、降り注ぎますように」
切れるとき願いが叶うというそれは、未だ固く結び目を保つ。
私を繋ぐ、柔らかな鎖。
Day 9 一つ星
街道を夜通し歩く。暗闇に馴れた目が、何気なく見上げた空に弱い光を見つけた。頭上に頼りなく震え、今にも潰えそうなひと粒の煌めき。
あまりに遠いゆえに、その光は自身が滅んだ後にこの地へ届くという。手遅れの輝き。届かない終焉。まさに私に相応しいと、ひと晩だけの道連れとする。
Day 10 誰かさん
いつも私の後ろより歩む人。
いつも私の前にはだかる人。
いつも、私の記憶に笑う人。
未だ消えない、その面影。
Day 11 栞
次の街へ辿り着く。疲れた足を休めようと腰かけたベンチに、忘れ去られた本。頁から赤いリボンが覗いていた。
思い出すのは返しそびれた一冊。与えられる優しさに甘え続け、与える喜びを永遠に失った私は、臆病ではなく愚かだ。
戻れない日々に、墓標に似た赤いリボンが挟まれている。
Day 12 ふわふわ
鬱屈が深酒を呼び、宿屋の寝台へ倒れ込む。脈に合わせ揺れる頭が記憶と願望を好き勝手に繋ぎ合わせる。春の陽射しの元で膝枕などしたはずがない。なのに、そっと髪を撫でる感触だけがひどく鮮明だった。
降りかかる花びら、幼い頃からのくせ毛に触れる指。残酷なほどにやわらかい夢。
Day 13 樹洞
黄色の葉を絶え間なく降らせる銀杏の樹。その根元近くが、ぽっかりと口を開けていた。
あるべきはずのものが剥がれ、腐り落ち、失われたあとの空白。昼の陽射しすら届かない暗く湿った薄闇に、ひどく既視感を覚えた。
何も芽生えず、育まない虚ろ。まるで私のように。
Day 14 うつろい
秋が姿を消し始めている。
早朝に目を覚まし街路を行けば、息は白く凍り土には霜柱が光る。空の色も風の音も少しずつ冷たく変遷していく。
そうしてすべては変わっていく。
私もまた、変わっていく。
背丈は伸び、声は低く重くなった。
私は、変わってしまった。
心をあの日に残したまま。
Day 15 オルゴール
風に消えそうなか細い音色で、繰り返し繰り返し同じメロディを奏でる。昔を語る老人のように、拙く言葉を綴る子供のように。
口を噤むことを覚えた私の代わりに、小さな楽器は唄い続ける。
「どうして」
「どうして」
「どうして?」
繰り返し、繰り返し。
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