27.アルフリードのお願い 披露会編5

 私の肩を抱き寄せると、アルフリードは舞踏室の壁面に設けられた大きな格子状のガラス扉に向かって歩き始めた。

 両開きに開け放たれたその外側は庭園になっていて、暗い夜の中ほのかにライトアップがされていた。


 庭に生い茂る草木の匂いがする中をアルフリードに導かれて少し進むと、高台になっている庭園から下を見下ろせるようなテラスが現れた。


 会場から流れてくる音楽はかすかにしか聞こえず、とても静かだった。


 私の肩から手を離すと、アルフリードはテラスの手すりに両腕を組むように乗せてそこから見える星空を眺めていた。


 夜風に吹かれて少し落ちてきた前髪がサワサワと揺れているのが、下から照らされている照明のせいでよく見える。


 本当に綺麗だな……とその横顔に見惚れていると、そんな私に気づいたのか彼がこちらを向いた。


「ダンス、よく練習したんだね。すごく上手だったよ」


 爽やかな笑顔を彼は向けた。


 涼しい夜風に当たったせいか、ダンスをしていた時よりフワフワとした高揚感が薄れてきたけど、彼もボーッとした表情をしてないってことは、正気に戻ったのかな?


「練習はしたつもりでしたが、全然意味はありませんでした……アルフリード様の動きに、ただ付いていっただけですから!」


 そう返すと、彼は爽やかだった笑みをふっと消して目線を落とした。そして一瞬沈黙した後、


「エミリア嬢、折り入ってお願いがあるんだが……」


 改まった様子で、手すりに向けていた体を私の方に向けた。


「あの……これからはお互い名前を呼ぶ時は呼び捨てにしないか?」


 何言ってるの? 


「アルフリード……さっきまでずっと呼び捨てで私のこと呼んでたじゃない!」


 もしかして自分で気づいてなかったの?

 私もいつも心の中では呼び捨てなのに様付けで呼ぶのは面倒臭かったので内心、楽になって良かったと思った。


 すると視界が塞がったと思ったら、アルフリードの切なそうな顔がすっごく近くに現れて、その目を閉じるとさらに近づいてきた。

 

 え! 急に何なに!?


 そして、私の口が何かに覆われたみたいにふさがれて押し当てられた後、すぐに解放された。


 スッと彼の顔と体が離れていった。


 はっ……今のは何?

 アルフリードの顔が近づいてきて、口が塞がれた。

 しかも、その感触はすごく柔らかかった……


 これって、これって、まさか……


 夢見心地のような表情を浮かべていたアルフリードは突然ハッとしたように私から顔を背けると、片方の手の平で両目を覆いながら、うなだれた。


「すまない……結婚した後か、君からいいと言われるまでは、こんな事するつもりは無かったのに。今日のあんまりの美しさに加えて、名前まで呼び捨てにされたら、もう我慢の限界で……」


 彼はさらにさらに深くうなだれていった。



 今のが、私のファースト……キス?


 何の準備もしてないのに、こんなに突然奪っていったっていうの……?


 もうダメです、ちょっと状況が飲み込めません。

 処理能力、追いつきません。


 私の頭の中は白濁していき、いつかのように全身からは力が抜けていった。



 気づくと、私の体は誰かに抱えられていた。

 周りから難しそうな話が聞こえてくる。

 薄く目を開くと前を向いて時折うなずいているアルフリードの顔が見えた。


 私に気づくと、彼は初めて迎賓館で私を抱え上げた時みたいな爽やかな笑顔を放った。


「ああ、姫様のお目覚めだ」


 別の方向から声がした。


 あたりを見渡すと、円陣を組むように椅子が並べられていて、私と抱えているアルフリードをそこに座る人々が微笑ましく見守っていた。


 公爵様にお父様、今日挨拶した皇城で役職についている偉い人も何人かいる。皇女様と王子様は一つの椅子に半々に座っていて、眠り込んでいる王子様は皇女様の肩にもたれかかっている。


 その後ろでは他の人々がこちらの様子も気にせずにダンスを踊ったり談笑したり、思い思いに楽しんでるようだった。


 こ、この状況は一体??


「本当は部屋で休ませてあげたかったんだけど、急な話し合いでさ。君を抱いたままで皆いいって言うから」


 アルフリードは心無しか気分良さそうに囁きかけてきた。


 いやいや、よくないだろ!!

 倒れたんだから、横にならせてくれ。


「令嬢を抱えて戻ってきた時は、2人で出会った日の再現をしているのかと思いましたよ」


 確か、この方は医療部門を総括している代々医者の家系のオルワルト子爵だ。


 お医者様からのお墨付きで、この状況なのか……

 完全に皆でこの状況を楽しんでいらっしゃる。


 まだ唇にはアルフリードの柔らかい唇の感触が残っていた。

 一瞬ではあったけれど、強く押し当てられたその感触は多分、一生忘れることはないと思う……


 ああ、ダメだ。思い出すと、なんの気力も湧いてこない。


 私はアルフリードの胸の方に赤くなった顔を向けて隠そうとした。

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