12.皇女様と可哀想な子
その日の夜、約束通りあの恐怖の分厚い本達の復習テストをしたお兄様は、私のあまりの出来の酷さに、お父様も呼んできてカリキュラムの見直しが行われた。
「……なんで覚えるだけなのに、間違えるんだ?……」
「……理解できないことが、理解できない……」
話し合っている2人から頭のいい人特有の凡人に対する疑問が所々で聞こえてきたけど、結局、重要な貴族や事柄などに絞った問題集を作ってくれることになり、それをやり込む方式に変わったのだった。
3週間どころか一生やっても覚えられなさそうな無理難題が消えて時間に余裕ができた。
すぐにでも皇女様に会えるようになったので、次の日の朝、そのことをアルフリードに伝えて欲しいと皇城に向かうお父様に頼んだ。
そして早速その日の午後、アルフリードは迎えに来てくれた。
馬車に乗り込む前に、フード付きの黒い全身を覆うローブをアルフリードは私に羽織らせた。
「婚約式を行うまでは、この間のあれで君の顔を覚えてる貴族にもし見られたりすると変な憶測をされるかもしれないからね」
ローブの首元のリボンを結びながら、彼は説明した。
「でも城に着いたら皇女の所まで抜け道を使うから他の者に会う心配はないだろうけど、念のため」
そうして、結び終えたリボンをポンと叩いて彼は微笑んだ。
皇城に着くと、城の裏手からアルフリードが言っていた抜け道というのを通って、空気感がそれまでと明らかに違うシーンとした広い廊下に出た。
「そこが皇女ソフィアナの執務室だ。そのローブは僕が預かっておくよ」
兜をかぶった騎士が左右に立っている大きな両開きの扉の前に着くと、アルフリードが結んでくれた首元のリボンをほどいてローブを脱ぎ、彼に手渡した。
彼がドアノックをドンドンと叩くと、「入れ」と一声した。
扉のドアノブに手を掛けたアルフリードを見た時、昨日、皇女様のところへ行きたいと言った時の彼の反応が思い出されて、再び不安が胸の中いっぱいに広がっていった。
部屋に入った途端に剣で突き刺されるんじゃないか、何か取り引きを持ちかけられたり、キツく尋問されたり、良からなぬ考えが頭を巡り始めた。
開いた扉を支えながら、アルフリードは私の手を引いて部屋の中へ招き入れた。
そこにいたのは……
濃紺の裾が大きく広がったボリュームのあるシックなドレスを身にまとったスラっとした女の人で、横を向いて正面に据えられた大きな執務机から何か書類を取ろうとしている姿だった。
頭の上の方で一つに束ねたウェーブがかった黒髪が揺れてその人がこちらを振り向いた。
その目は切れ長で、けぶるようなまつ毛に縁取られた濃紺のドレスと同じ色の瞳に、ツンとして高い鼻、赤みがかった形のいい唇。
それはまさに、華やかでゴージャスといった言葉がピッタリの美女だった。
あまりの綺麗さに圧倒されて、さっきまでの不安は一気に消え去っていた。
同姓でも見ているだけでドキドキしてくるその姿は、まさに原作を読んでいたイメージ通りの皇女様だ。
アルフリードがずっとずっと想い慕っていた優雅で美しく知的な雰囲気の人。
私がその死から守ろうとしている人。
男装の
良かった~~♡
と感動に震えていた。
今度こそ、本物の皇女様だよね? まさか影武者なんてことはないよね……
「よく来たな、可哀想な子」
皇女様は王子様の歓迎会で聞いたのと同じ低めのハスキーな声でそう言った。
可哀想な子? わ、私のことですか……?
「そんな境遇の子だと知らなかったとはいえ、家臣を守る立場の皇女たる私が虐げるような真似をして悪かった」
そんなそんな! まさか恐れ多くも皇女様から謝罪の言葉を頂いてしまうなんて……
「いえ!! 私もとんでもない真似をして申し訳ありませんでした。どうかお許しを……」
私はドレスの端を持って皇女様に向かって頭を下げた。
皇女様は近づいてくると、自分の顎に手をかけて上から下まで私をまじまじと見た。
「しかし解せないのは、ずっと家の中に閉じ込められていた令嬢が、すごい行動力だったって事なんだよな。女騎士になりたいっていうのは、どういう発想からなんだ?」
はぁ、さすが皇女様するどい……
こういう事を聞かれた時に事前に考えてた答えがありますよ。
「それは、私の持ってる本の中に皇女様と女騎士の話があるんです。それに憧れて……」
「ぶはっ……くっ」
言い終わらないうちに、皇女様は吹き出して薔薇の棘みたいに鋭かった表情を崩して、笑い始めた。
「ふふっ……」
後ろの方からも小さく声が聞こえて振り返ると、それまで黙っていたアルフリードも口元にこぶしを当てて、必死に笑いを堪えていた。
ええっ、アルフリードまで酷い……そんなにおかしい?
「くくっ……本当に可哀想な子だな。夢と現実の区別がつかなくなってしまったのか。それにしても、どこのどいつだ、そんな本を書いたヤツは!」
あ、いえ実在してないです。私が勝手に出まかせで言ってるだけなんで。
「まぁいい。こんなに可哀想で面白い子を隠し持っていたなんてな。何もかも完璧すぎる超人のようなエスニョーラ家の人間でも欠点があったのかと陛下は逆に安心していた」
超人……? お父様もお兄様も完璧な人間とは程遠いように思えるんだけど、世間ではそんなに誇大評価されちゃってるの?
「僕も昨日、君の邸宅で母君の話を聞いて、侯爵も兄上も皇城での印象とだいぶ違ったから驚いた」
アルフリードが私の耳元で囁いた。
私が思っていたのとは真逆のことで、思わず今度は私の方がクッと笑いそうになってしまった。
ゴホン、と咳払いが聞こえて見ると、皇女様が目をキツくしかめていた。
「アルフ、いくら
うわぁ、皇女様はアルフリードの事をアルフって呼ぶのね。って皇女様、さらっと恥ずかしい事を言わないで下さい……
「失礼、しました」
アルフリードは、ビックリするくらい心のこもってない、ぶっきらぼうな声でそう言って、私から距離を取っていった。
「陛下はあなたの家に寛大だけど、私はそうじゃない。屋敷からずっと出さないなんて人権侵害も
す、すごい。すっごくまともな事を言ってる。
もしかして、この世界に入ってから会った人達の中で、まともなのってアルフリードのお父様と、皇女様くらいじゃない?
だけど、この話の流れだと、家長のお父様に何か処罰を与えるって話になりそうな予感が……
「さっきも言った通り私たち皇族の人間は帝国民を守る立場でもある。君みたいな子を見つけたからには、放っておく訳にはいかない。
それにエミリア嬢、そんな状況から自分で外に出ようとした勇気は素晴らしいわ。私、そういう殻を破ろうとする人間は好きなの。あんたの事、気に入ったから女騎士、やってもらってもいいわよ」
……へぇ? 皇女様、い、今なんて!?
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