“闘神”と“歌姫”

海堂 岬

第1話 “歌姫”の歌

 静かな夜だ。歌声が響き始めた。歌といっても人の思念だ。声ではない。


「また、歌だ」

「あぁ、可哀想に」


“歌姫”の歌が静かな戦艦内に流れる。音声ではない分、多くのものの心に届く。


「ずっと目を覚まさないんだよな」

「あぁ。それでも使えるからってあのままだ。あんまりだよ。可哀想だよな」


 艦のあちこちで、似たようなことが囁かれているだろう。


 数年前の戦いから、“闘神”と呼ばれた一人の兵士が眠りについている。


 人類が、新天地の宇宙に飛び出し、長い年月が経った。新天地でも結局、人は殺し合いをしてばかりだ。


 二つの軍事政権が、もう何年にも渡り覇を競っていた。戦争の大義名分は忘れられ、もはや誰も何のための戦争か覚えていないくらい長い間戦っていた。


 人を殺すための技術の進歩は留まるところを知らず、次々と新しい兵器を生み出した。


 人の脳波を増幅し、兵器の人工知能に同調させ戦うことが主流だ。個々の能力次第だが、多くの戦闘機を操ることが出来る。波長の合う者達と組み、波状攻撃を仕掛けることも出来る。


 この戦艦には“闘神”と呼ばれた兵士がいた。才能に恵まれ、誰よりも多くの戦闘機を操り、負け知らずで、数々の戦功を打ち立てた。


 “闘神”は育った環境の影響か、口数の少ない物静かな男だった。大切にしている恋人が居た。“歌姫”だ。“闘神”は“歌姫“を愛していた。“歌姫“のため、戦功をあげ、報奨金を稼いだ。戦争が終わったら、二人で静かに暮らすのが夢だと“闘神“は、微かに頬を染めながら語った。


 その話のときだけ、男は饒舌だった。といっても人並みにしゃべるという程度だったが。


 “歌姫“は稀有な存在だ。


 戦闘中、脳がその負荷に耐えきれず意識を失う兵士は多い。多くが散り散りになった思念をまとめる事ができず意識が崩壊し、廃人となる。その兵士たちの精神に呼びかけ、目覚めさせる者達がいた。廃人となった兵士の意識に潜り込むことから“ダイバー”と呼ばれる者達だ。


 この船の“ダイバー”は“歌姫”と呼ばれた。意識に潜り込み、語りかける彼女の声が歌のように聞こえるという、助けられた兵士たちの言葉がもとになっている。


 誰よりも強い“闘神”が守護し、たとえ意識が四散しても呼びかけてくれる“歌姫”がいるというのが、この戦艦の兵士たちの心の支えでも会った。


 ある日の戦闘で、“闘神”は、仲間を守るため、無理な戦い方をした。己の操る戦闘機を何機も犠牲にした。敵味方問わず、戦闘機の支配を乗っ取り操った。辛くも勝利を得る事ができたが、戦闘が終わった後、“闘神”は目覚めなかった。


 負担に耐えきれず、精神が崩壊したのだ。


 “歌姫”は嘆いた。何度も“闘神”に呼びかけた。だが、“闘神”は、決して目を開けようとしなかった。そのうちに、上層部は気づいた。戦闘のとき、意識が散り散りになったはずの“闘神”は、多くの戦闘機を操り、戦いを勝利に導くのだ。


 “闘神”が生きてさえいれば、この艦隊は無敵だ。意識など戻らずとも良い。軍の上層部から、“闘神”は生かすようにという命令があった。


 だから、”闘神“は今も、特殊な液体が満たされた治療槽の中で命をつないでいる。やせ衰えた手足は、もう指一本すら、動かす事もできないだろう。


 精神が崩壊し、“ダイバー”の呼びかけにも目覚めなかった兵士は、ある一定期間の後、治療槽から出され、死を迎えるのが規則だ。意識が戻らない以上、体だけがいつまで生きながらえるということは許されない。治療槽であまりに長くすごした肉体は、外の環境に耐えられない。妥当な措置と言えるだろう。


 例外的に治療槽の中で、長くすごし過ぎた“闘神”は、もう、治療槽の外で生きることは出来ない。それでも、死ぬことは許されず、精神が崩壊したまま“闘神”は戦い続ける。


「“闘神“は“歌姫”を守っているんだよ」


 彼らを知る、この戦艦の者達は、そう語り、涙するものも少なくなかった。





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