第5話 その後あった事

★★★(下村文人)



 僕の名前は下村文人。

 職業高校生。

 兼殺し屋。


 超人であるオーヴァードの組織・ファルスハーツの「闇の虎」セルに所属する殺し屋だ。

 まともに活動するようになって1年ちょい。

 まだまだ殺し屋としてはヒヨっ子かもしれない。


 だが、プロの自覚はあるつもりだ。


 僕のシンドロームはノイマン/モルフェウスのクロスブリード。

 その能力を駆使して、これまで仕事を続けて来たし、結果も出してきたと自負している。


「今回の仕事は、調査込みですか?」


『そうだ』


 闇の虎セルの本部である暗い空間「教室」で。

 僕はセルリーダーである宙に浮かぶ人面の黒い靄……先生に、仕事に対する質問をした。


 僕らは誰かの晴らせない恨みを晴らすため、金で殺しを請け負っている。

 引き受ける基準は「それが正当な恨みであるかどうか?」

 何をもって正当とするのかは先生任せだ。


 今回の依頼はこうだった。


 H県を中心に活動しているオレオレ詐欺の元締めを仕置に掛けろ。


 なんでも、高齢者をターゲットに詐欺を行い、被害者の中には自責の念で自殺してしまった人も居るとか。

 今回の依頼は、その遺族が依頼したものらしい。


 問題がひとつ。

 話の中にマトの名前が出てこなかった事だ。


「でも、オレオレ詐欺のグループって一杯あるだろうから、依頼人の恨みの相手を特定するのって……」


 相棒の徹子が当然の疑問を口にした。


 そりゃそうだ。


 オレオレ詐欺の元締めを仕置に掛けるのは出来なくは無いけど、依頼人が恨んでいるグループの元締めとなると話は別。


 分かりようがない。

 根絶やしにしないといけないが……


 それはさすがに、無理。


 そういう結論になってしまう。


 だが、続く先生の言葉で希望が繋がる。


『依頼人の親を騙したグループについては特定している』


 ああ、そうなのか。

 だったら、話は別だな。




 仕事着のガクランとセーラー服に着替えて。

 僕らは先生の開いたディメンジョンゲートで、安アパートの物陰に送り込まれた。


「どうするの?」


 セーラー服姿の相棒の徹子が聞いて来た。


「ワーディングを使って手早く終わらせるよ」


 ワーディング……オーヴァード以外を気絶状態に追い込む技……エフェクトだ。

 便利なエフェクトだけど、使うと他のオーヴァードに感知されてしまうという欠点がある。


 ファルスハーツは犯罪組織。

 敵対組織も存在するため、なるべくなら使いたくないエフェクトだ。


 だが今回はしょうがない。


「意識があるままで乗り込んだら騒ぎが大きくなるからな。……念のためヘルメットは外すなよ」


「りょーかい」


 徹子は正体を隠すために被っているヘルメット……目の部分にバイザーがついて、口元が開いている……に触れた。

 作業中に敵対組織に駆け付けられたら身の破滅だからな。


 僕らは事前に教えられた「依頼人の親を騙したグループ」の活動拠点になっているという部屋の前に立つ。


 そしてドアを開く前にワーディングを使用した。


 空間が凍るような感覚。


 これで中の連中は気絶してしまったはずだ。

 僕はドアノブを捻った。


 鍵が掛かって居たら合鍵をモルフェウスのエフェクトで錬成するつもりだったが、問題無かった。

 鍵が掛かっておらず、問題なく開いた。


 中を覗く。


 中にはガタイのいい金髪の男。痩せた金髪の男。スーツ姿の男……他数人の男たちが居た。

 全員倒れている。


「手早くすませるぞ」


 僕はさっさと入室し、デスクに転がっている数多くのスマホ……おそらくトバシ携帯……を集めようとした。


 ……徹子が入ってこない。

 固まっている。


「どうした?」


 じっと凝視している。

 スーツ姿の男を。


 鼻血を出している男だ。


「……なんで佐伯さんがこんなところに」


 徹子がポツリと言った。


「知り合いか?」


「ちょっと……」


 徹子はちょっと言い辛そうだった。

 こいつは僕と違って一般の人との関わり合いが多いからな。


 どういう経緯で知り合ったのか分からないけど、この場に似つかわしくない、穏やかな状況だったんだろうか?

 おおよそこんな事をしそうにないというか……


 時間は惜しかったけど、トバシ携帯を集める前に俺はその鼻血スーツ男に触れた。


 同時に、男の服からここに至るまでに経験した記憶、歴史が流れ込んで来る。


『履歴書、書いてきました!』


『どんな仕事なんですかね?』


『こんな仕事をするのは嫌だ!』


『関係あるか! 俺は絶対に詐欺の片棒なんて担がない!』


 サイコメトリー。

 モルフェウスのエフェクトだ。


「……この人は騙されてこの場所に連れてこられたみたいだ。構成員として。で、土壇場で断ってぶん殴られたらしい」


 感じ取ったことを教えた。

 相棒を安心させてやらないと、仕事が上手く進まない。


「そうなんだ……」


 ホッと安心したような息を吐き、徹子も部屋に入って来た。

 とっとと済ませよう。


 基本的にこの連中はいざとなったらトカゲの尻尾切りをされる連中だから、上の連中とは直接の知り合いでは無いはず。

 だけど……


 奪い取った金の受け渡し、機材、連絡を取るためなど、知り合いではなくとも接触はどこかでしてるはずだ。

 僕がトバシ携帯を集めたのは、このトバシ携帯がどこから来たのかに着目したからだった。


 トバシ携帯にサイコメトリーをかける……。


『じゃ、ヨロシク頼むぜ』


 トバシ携帯に刻まれた記憶から、僕はひとりの男の映像を得た。


 ビンゴ。


 後は得た映像をそのまま、僕のモルフェウスのエフェクトで写真へと錬成すればいい。

 僕は近場のメモ帳からメモ用紙を1枚破り、錬成をかけた。

 素材に使ったメモ用紙が、一瞬で写真に変化する。

 問題の男が大きく映り込んだ写真だ。


「分かったの?」


「ああ」


 徹子にピラピラと写真を見せてみせた。


「後はこの写真を元に上役を芋蔓式に探し出すだけだ」


 後は……。


 僕は鼻血男に目を向ける。


「この人、外に運び出すか」


 そのままにしておけないもんな。




 僕が男性の上半身を、徹子が足を持って二人がかりで外に運び出す。

 急がないと。


 外に運び出し、アパートの外に放り出す。


 ついでに……


「何をしてるの?」


 僕が鼻血男の鞄を開けているのを見て、徹子が言う。

 別に泥棒しようというわけじゃない。


「この人、履歴書を書いて来たみたいだから、念のために消しておく」


「……なるほど」


 鞄を探ると……1枚の履歴書がすぐに見つかった。

 万一僕らが去った後、この男性が履歴書を奪われるという事態が起きたら面倒な事になる。


 サービスだ。


 僕は履歴書を小石に錬成して、安アパートの階段に向けて投げ捨てた。


「じゃ、佐伯さん。後は上手く逃げてね」


 去り際。

 徹子は鼻血男に一言優しい声で言葉を掛けた。

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