人生に躓いたオジサンが再起するまでの話

XX

第1話 解雇された

 俺の名前は佐伯須流造さいきするぞう

 30才の男だ。


 実は俺、今日、10年勤めた会社を解雇された。

 突然だった。


 いつものように仕事をしていたら、会社の人事部の人間がやってきて。


「佐伯君、ちょっと」


 と呼び出しを受けたんだ。

 そこでクビ宣告。


 信じられなかった。


 バイトからはじめて、社員にならせてもらい、10年間真面目に勤めて来たつもりだったのに。


 理由を聞いたら「俺が仕事で使用している機械を故障させたから」これだった。


 問題になってる機械は古くて、いつかは故障するだろうと思っていた。

 だけど、俺が「経年劣化ですよ!」と主張しても受け入れてはもらえなかった。


 目の前が真っ暗になった。


 依願退職か懲戒免職かの二択を迫られて、俺は依願退職を選択した。


 懲戒免職だったら先が見えなくなるものな。

 今でも十分目の前が見えなくなってるけど。


 俺はこれからどうすればいいんだろう?

 再就職って出来るんだろうか?


 1回目の就職が流れで成ったものだったから、俺にはそれが分からなかった。


 ハローワークに行くのがいいんだろうか?

 行った事無いんだけど。


 行ったとして、ちゃんとした仕事を紹介してもらえるんだろうか?

 わからない、わからない……。


 こんな事、誰にも相談できないから、分かりようがない。


「会社を解雇された。どうしよう」


 こんな事、誰にも言えないよ。

 故郷の両親にすら打ち明けていない。


 余計な心配を掛けたくないから。


 でも、だからといって何もしないで居ても、事態は良くならない。

 それは分かってる。


 だけど、何をすればいいのか……


 それが分からなくて、ずっと考えてて。


 気が付くと、自宅のアパート近くの公園で、ひとり。

 ブランコに乗って呆けていた。


 そんなときだった。


「オジサン、雨降って来てますけど」


 俺は声を掛けられた。



 そうして。


 今、俺は自宅にいる。


 自宅で女子高生にメシを作ってもらっている。


 ただの女子高生じゃない。

 ハッキリ言って、美少女だ。


 髪は肩のあたりで切り揃えた金髪。

 目が大きくて、顔が小さい。

 そしてスタイルが抜群にいい。


 胸が大きく、腰が細いモデル体型。

 こんな子が実際に居るのかと思ってしまう。


 何度も夢を見ているのじゃ無いだろうかと気になった。

 ほっぺたを抓ったりもしてみた。


 だが現実だ。


 夢じゃない。


 次に考えたのは、美人局の可能性だったけど……


 あのときの事を思い出す。




 俺が、Tシャツとジーンズという格好で、公園で1人呆けていたときに。


「オジサン、雨降って来てますけど」


 あの子が、声を掛けてきてくれたんだ。


 俺は雨の事にまるで気づいていなくて


「えっ」


 言われてはじめて気づいた。

 そんな感じだった。


「濡れちゃいますよ? いいんですか?」


 俺に声を掛けて来たのは女の子で。

 一目で女子高生と分かる格好の子だった。


 着ている制服は、進学校のH高校か?

 緑色のブレザーだった。

 そんな子が、傘を差して立っていた。


 声を掛けて来たのは女の子。

 女の子というだけで、少し落ち着かないものを感じるのに。


 それがとんでもない美少女と来たものだ。


 俺は慌てた。


「あ、ありがとう!」


 何がありがとうなのか。

 そうツッコまれて笑われそうな反応。


「帰るから! この近くだから!」


 そのまま帰宅しようとした。

 その背中に。


「……傘に入って行きませんか?」


 そんな、あたたかい言葉が降って来たんだ。




 その子は女の子としては身長が高く、俺と並んでもそれほどの身長差が無かった。

 だから、傘に入れて貰えた。


 雨の勢いはそれほど強くは無いけど、しとしとと、粒は大きい感じだ。

 あのままだったら俺はずぶ濡れだっただろう。


 送ってもらいながら、俺は自己紹介をした。

 その子も自分の名前を名乗った。


 佛野徹子ふつのてつこ


 それがその子の名前だった。


 流れだった。


 その流れで、俺はつい言ってしまったのだ。

 何であの公園で呆けて居たのか。


 見ず知らずの少女相手だったから、言えたんだろうか?

 それとも、こんな状況で声を掛けてくれたこの子に、俺は甘えてしまったのだろうか?


「そういうわけで、オジサン今無職なの」


「……大変ですね」


 徹子ちゃんはそう、気の毒そうに言ってくれた。

 それだけで、俺の気持ちは幾分か楽になった。


「ありがとう。楽になったよ」


 俺は素直に礼を言った。


「そうですか」


 徹子ちゃんは笑顔で返してくれた。


 そして俺は様々な事を話した。

 独り暮らししている事。

 誰にも相談できず苦しい事。

 故郷の両親にも話せていない事。


 徹子ちゃんは嫌がらずそれを聞いてくれた。


 そうこうしているうちに、自宅のアパートに着いてしまった。


「送ってくれてありがとう」


 俺は再度礼を言って去ろうとした。


 そのときだった。


「待ってください」


 徹子ちゃんが呼び止めて来たのだ。


 何……?


 振り返ると、彼女は真剣な顔でこう言って来たのだ。


「アタシに晩御飯を作らせてください」



 ……こういう流れだ。

 流れからして、美人局の可能性は低いと思う。


 無職の30男を標的に、美人局って効率悪過ぎるだろう。


 何で晩御飯を作ってくれる気になったのか。


 それを聞いたら。


「佐伯さん、元気が無いですから。そのまま放置してサヨナラはちょっと気が引けたんです」


 って。


 凄く親切で優しい子だったのだ。


 幸い、俺は自炊をしていたから冷蔵庫の中にはそこそこ食材があった。

 徹子ちゃんはそこから豆腐を中心に、麻婆豆腐みたいなものを作ってくれた。


「さあ、食べてみてください」


 制服の上にエプロンをした徹子ちゃんが笑顔でそう言ってくれた。

 テーブルの上には、皿一杯の麻婆豆腐みたいなもの。


 俺はレンチンしたまとめ炊き温めご飯のお茶碗を片手に、恐る恐るそれを口にした。


 ……美味かった。


 味はかなり麻婆豆腐に近い感じだった。

 麻婆豆腐は複雑な調味料が必要なイメージがあるけど、それをどう代用したんだろうか?


「美味しい……美味しいよ」


 そう、気が付くと言っていて。

 泣いていた。


 涙が止まらなかった。


 今日あった辛いことが、一気に決壊した感じだった。


「ありがとうございます」


 俺のそんな言葉に、徹子ちゃんは笑顔で応えてくれて。


「思い切り泣いて、スッキリしてから食べて、そして元気になってください」


 同じテーブルについてくれている彼女は、まるで女神のように見えた。

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