第42話feat.オリビア・ローズベリー

 今日のために用意したとっておきのドレスをまとって、使用人に髪とお化粧を整えてもらう。

 最近、使用人の聞き分けがいい。きっと誰が伯爵に相応しいか分かってきたのね。


 鏡に映る自分の姿に、つい胸を張ってしまったわ。だって、とっても大人っぽくて美しかったもの。

 わたくしが魅力的過ぎたせいで、使用人がみんなわたくしを見つめていたわ。不快だけど、今日は特別に許してあげる。わたくしって、本当に優しいわ。



「それに対して、お母さまはなんてひどい人かしら!わたくしを閉じ込めるなんて、許せないわ!」



 しかも、招待状も取られてしまった。いくら羨ましかったからって、ありえないわ。

 まあ、招待状なんてなくても、わたくしが招かれているという事実は変わらない。公爵さまがわたくしを拒むはずなんてないのだから、事情を話せば入れてもらえるはずだわ。



「オリビア様、準備は整いましたか?」



 わたくしを心配したのか、公爵様がくれたという管理者……だったかしら?

 その人が声をかけてきたの。


「ふふっ、貴方の言う通りにして正解でしたわ。これなら、これならわたくしがみんなの視線を集めること間違いなくってよ!」

「ははっ、視線を集める、ねえ。ええ、ええ!それは間違いないでしょう」



 管理者は満面の笑みでそう言ってくれたわ。

 この人にはいつも馬鹿にされているようで苦手だったが、この数日わたくしにいろいろ尽くしてくれたおかげで大好きになったわ。それによく考えたら、公爵さまが悪い人を送ってくるわけないものね!


 今日のための衣装選びからお化粧まで、公爵家への行き方も全部教えてくれたもの。部屋の外に出してくれたのも管理者だから、きっと公爵様は先を見ていたのだわ!

 だからわたくしも早くその思いに答えてあげなくてはなりませんね!



 管理者が手配してくださった馬車に乗って、パーティーに向かった。



「失礼ですが、招待状を拝見させていただけますか」



 公爵家に着けば、門番が近寄ってきた。ただでさえ足止めされていらいらするのに、門番は招待状を見せろとしつこい。忘れていた不快感が、じわじわ湧き上がってくる。



「もうっ、きちんと招待状をいただいたって言っているでしょう!」

「でしたら、それを確認させてください。我々は不審人物を通すわけにはいきませんので」

「不審ですって!?このわたくしを誰だと思っているのかしら……!招待状はお母さまに奪われただけよ!」

「う、奪われた……?そ、そうですね。でしたら、家門を教えていただければ直ちに確認して参りますので」

「えっ、そ、それは……」



 思わず言葉に詰まる。

 だって、だって今のわたくしは不本意ながら、お母さまから身を隠さなければならない状態。バレてしまったら、家に帰されてしまうかもしれない。それでは公爵さまに会えない。


 黙ってしまったわたくしに、門番の目線が厳しいものになっていく。

 その訝しげな目線が、いっそうわたくしをいらつかせたわ。



(なんですの、なんですの!今頃お姉さまやお母さまたちはパーティーを楽しんでいるというのに、わたくしは門前払いですって!?)



 悔しい、いらいらする、むかつく!

 失礼な門番に怒鳴ろうとしたとき、御者が門番に何かを見せた。すると、門番はわたくしに礼をした。



「これは失礼しました。話は伺っています。あちらへどうぞ」

「え、ええ!分かって頂けて嬉しいですわ」



 何が起こったか分からなかったが、まあどうでもいいわ。

 それより、あの御者はなぜもっと早く何とかしなかったかしら。使えないわね。



 再び動き出した馬車は、裏の方に進んでいった。

 裏門を守っていた門番は、わたくしの馬車を見るとすぐに通してくれたわ。やっとわたくしが誰なのかが分かったようね。表の門番はクビね。



「こちらです」

「どちらへ向かっているのかしら?」

「ご案内します」

「わたくしはどこに行くのかを聞いているのですけど!」



 わたくしの言葉など聞こえていないというように、衛兵はそのまま歩き始めた。

 信じられない、なんて態度が悪いの!?どいつもこいつもほんっとうにむかつく。あとで公爵さまにいってこいつもやめさせてやるわ!こんな使用人がいては公爵家に恥をかかせてしまうもの。



 でも、今はむかついてもこの衛兵についていかなきゃならない。わたくしを気にすることなく進んでいくその姿に、浮ついた気分がどんどん下がっていく。わたくしは未来の伯爵よ!こんな扱いが許されるとでも思っているのかしら。


 ああ、きっとお姉さまが何かやらかしてしまったんだろう。だからわたくしのことも警戒しているのね。はやく、はやく公爵家をお姉さまの手から救い出してあげなければ……!



 だからわたくしはあんな理不尽な扱いに耐えた。

 それなのに、さんざん歩かせられてたどり着いたのは豪華絢爛なパーティーホールではなかったのよ!目の前にあるのは、ぽつんと立っている塔のような建物だけ。



「これはどういうことですの!?」

「しばしお持ちください」

「わたくしにこんな廃屋に入れとおっしゃるの!?ふざけないでちょうだい!!公爵さまに言いつけるわよ!」

「ですが、公爵様がここでお待ちになるようにと」

「嘘ですわ!貴方、さてはお姉さまの手先ね!?」



 わたくしが公爵さまの心を奪わないように、合わせないつもりね!何て卑劣な女なのかしら……!

 そんなお姉さまに囚われた衛兵を救ってあげようとしたわたくしに、耳によくなじむ低い声が届いた。



「噓ではありませんよ。それにしても困りましたね……ここまでお元気な方だとは思いませんでした」



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