第24話

 できるだけ平穏を装って屋敷に入る。

 出迎えてくれたエマとミラはこわばった表情をして、私に耳打ちをした。



「先ほど、帰ったと思われたウィリアム様がまたおいでになりました。とても険しいお顔をしていたのですが、なにかありましたか……?」

「あの男は今どこに?」

「ウィリアム様は本人の強い要望で、二階の隅にある客間に通しました」



 婚約者をそんな狭くて人通りの少ない部屋に泊めたことはない。彼は二階の構造どころか、立ち入ったこともないはずだ。両親が婚約者にそんなことをわざわざ教えるとは思えないので、おそらく犯人は妹だろう。

 婚約者の言い方からして、何度も入ったことがあったのだろう。もしかしたら浮気現場だったのかもしれない。



「そう。オリビアとお母様たちは?」

「オリビア様は自室です。ですが、着替えておられなかったので、もしかしたらこの後は"夜のお散歩"かもしれません。奥様と旦那様は書斎にいらっしゃいます」



 運がいいことに、両親は珍しく両方屋敷にいた。しかも二人とも同じ場所にいるから、簡単におびき出せる。



「私が客間に入ったら、二人に頼みたいことがあるの」

「ですが、それではお嬢様がウィリアム様と二人きりになってしまいます」

「私の考えが当たっていれば、たぶん人払いをされるわ」



 ミラの眉間にしわが寄る。彼女は勘が鋭いので、何か察したのだろう。



「もちろん杞憂ならいつも通りにして。でもウィリアム様が人払いをしたら、ミラにはすぐにオリビアの部屋に行って欲しいの」

「オリビア様の部屋に?」

「もしオリビアが部屋にいれば、私がウィリアム様に呼ばれたから、代わりにイルヴィス様のお相手をお願いしますとでも誤魔化して私のところに連れてきて」

「分かりました」

「オリビアが部屋にいなかったら、すぐにお父様のところに行って。こっちも同じような言い訳で大丈夫よ。ゆっくり目でも構わないから、ここまで連れてきて」



 ミラはそういう機転が利くので、何か聞かれても怪しまれずに誤魔化せるだろう。彼女の表情はあまり変わらないので、ボロが出にくいのだ。


 そんな今もきりりと立っているミラとは対照的に、エマはかなり緊張した面持ちだった。今のやり取りを見て、ただ事じゃないと理解したのだろう。

 不安そうにしていて少し申し訳ないと思うが、エマにも用件を頼む。エマ次第で私の無事が決まるので、それを理解した彼女は少し震えた。しかしすぐに覚悟を決めたようで、その目はやる気に燃えていた。



「任せてください!セバスさんにどこにいても聞こえるとほめられた私の美声がうなりますよ!」

「それ、ただ声が大きいって言われているだけじゃない?」

「え!?私でもよく聞こえて大変素晴らしいって言っていたんですよ!」

「その素晴らしいはたぶん、声質じゃなくて声量を言っていると思うよ」



 真顔のミラに指摘され、エマは小声でありながら騒ぐという器用なことをした。確かになかなかの表現力だが、そのやり取りが無性におかしくてつい笑ってしまう。



「ふふっ、やっと笑ってくれましたね!」

「え?」

「お嬢様のお顔がずっとこわばっていましたので。任されましたことは必ずやり遂げますので、安心して戦ってきてください」

「それに公爵様もいますし、失敗するはずがありませんよ!」



 そう言われて、手の震えが止まっていたことに気付いた。

 二人が私の気遣いが嬉しくて、さっきまでの緊張も少し落ち着いてきた気がする。



「そう、ね。……うん、二人ともありがとう」

「私はお嬢様の専属侍女ですからね!これくらい当然です!」

「……なぜ専属侍女は一人だけなんでしょうか。それが私の五番目の不満です」



 胸を張るエマをミラがジト目で見る。ミラの方が働いている年数が長いが、しっかりした彼女は両親に嫌われている。そのせいで未だに普通のメイドである。



「中途半端なところにありますね……?」

「一番目から四番目は全て旦那様方で埋まっておりますので」

「冗談はこれくらいにして……あんまりウィリアム様を待たせるわけにはいかないわ」

「冗談ではないのですが」

「私はここで待機ですね!」



 相変わらず気は重いが、それでも気持ちはさっきと比べられない程軽くなった。

 それにあんまり長い時間待たせていると、あとでイルヴィスに心配されそうだ。



「行くわよ、ミラ」

「はい」



 またもや顔をこわばらせたエマに見送られながら、私とミラは婚約者が待っている客室に向かった。


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