第6話
「ところで先ほどから気になっていましたが、貴女昨日と態度が違いません?」
「それは……ええと、昨日は酔っていましたので」
脳裏によぎる昨日の失礼の数々。
(待って、私この人にモテないとか面倒くさいとか言わなかったっけ?)
しかも公爵相手に偉そうなアドバイスもした気がする。まさか
「道理で昨日、やけに気さくだったわけだ……」
「本当に失礼しました……酔っぱらいの戯言だと思って、広い心で聞き流してください」
「ああ、誤解させてしまいましたね。アマリア嬢を責めているわけではありませんよ。そもそもきちんと名乗らなかった私の落ち度ですから」
わが家のメイドですらイルヴィスのことを知っていたくらいだし、本当に有名なんだろう。
私も”ランベルト公爵様は女嫌い”という噂は知っていたが、ついこの間まで婚約者一筋だったので、他のことにまったく興味がなかったのだ。
(……それくらい好きだったんだけど、な)
嫌なことを思い出してしまった。
「ということで、私としては昨晩のように接していただきたいのです」
「どういう文脈でそうなりました!?もしかして私がちょっと考え事をしてる間に何か言いました?」
「貴女私が話しているときに考え事してたんですか?傷ついたので敬語で話すのもやめてください」
「なぜそうなるんです!?公爵様にそんなことできるわけないじゃないですか!」
「先ほどの貴女の言葉よりは失礼じゃないですよ」
墓穴を掘ってしまった私に、イルヴィスがここぞとばかりにぐいぐい来る。自分の失態がさらに失態を招いて自分を苦しめている状況だ。
いっそのこと何も話さないという手もあるが、それはそれでイルヴィスが自分の都合のいいように解釈していくだろう。
「それに真面目な話、そんな余所余所しい態度では怪しまれます。アマリア嬢には婚約者がいて、私は不本意ながら女性が苦手だと噂されている身です。それでもお互いに惹かれてしまったのですから、相応の熱量がなければおかしいでしょう?」
「そ、そうですね」
「ですから、私たちはどんな小さな振る舞いでも距離感を感じさせてはいけません。違いますか?」
「その通りだと思います……?」
大真面目にそう言われて思わず頷いてしまったが、確かにイルヴィスの言う通りだ。何も間違ってはいないが、なぜか妙に釈然としない。
「それでは手始めにお互いを呼び捨てにしてみましょう」
「なにさらっと要求を増やしてるんですか」
「では恋人を爵位で呼ぶんですか?」
座っている状態でも向こうの方が高いのになぜか私が上目遣いをされている。そんな仕草も様になっているのだから、顔がいいというのは羨ましい。
「うっ、……はいはい分かりました、分かりましたよ!でもいきなり呼び捨ては難しいので、せめて敬称をつけさせてください」
「……まあ、いいでしょう。徐々に距離感を詰めた方が
やっと引き下がってくれたイルヴィスにほっと胸を撫で下ろした。昨日のやり取りで親近感を勝手に感じて心の中では呼び捨てにしているが、さすがに口に出せるほど肝が据わっていない。
そういえば、なぜイルヴィスはこんなにも真剣になってくれるのだろうか?
昨夜は恋愛のアドバイスが欲しいと言っていたが、彼に私がする程度のアドバイスが必要とは思えない。仮に本当にそうだったとしても、あまりにも利害が釣り合っていない気がする。
「どうしてイルヴィス様はこんなにも協力的なんですか?お世話になっている身で言うのもアレですけど、貴方に得はないですよね?」
「それはどうでしょう」
私の問いに、イルヴィスは大変いい笑顔を浮かべた。言葉も忘れてそれに見惚れていると、彼はさらに笑みを深めた。
「ところで」
「はい?」
「よく私の顔を見ているようですが、貴女のお眼鏡には適いました?」
そういうとイルヴィスは少し上半身をかがめて下から私を覗き込んだ。イケメンの過剰摂取で目が痛い。
「それはもちろんです!いや、だって、あんまりにも素敵が過ぎます!」
「貴女の婚約者と比べても?」
「比べるのもおこがましいです!ていうか近いです!」
じっと私を見ながら距離を詰めていたイルヴィスだが、返答に満足したのか晴れやかな笑みで離れていった。
そもそも婚約者はそこそこ容姿がいい程度で、貴族ならあれくらい普通にいる。それに対して、イルヴィスは絵画や彫刻なんかよりもずっと完璧だ。
二人の容姿はまだ天と地くらいの差だが、人間性は比較できない程に差がある。
「それなら良かったです」
イルヴィスが嬉しそうで何よりだが、完全に話題を逸らされてしまった。
また機会があるときに聞こう。
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