第四章 因縁の導き
魔の刻石 1
そこは、深い闇のようだった。
ダリュスカインはあたりを見渡そうと首を回してみるが、目を開けているのが疑わしいほど何も見えない。どうやら自分は寝そべっているようだ、ということだけは分かるのだが、他の感覚が全くない。音も聞こえない。
──誰か。
あまりの
<やっと見つけた──耐え
頭に直接、その声は響いた。否──言葉ではない。いつかと同じように、啓示のような響き。それが自分の意思のように言葉に置き換わる。ダリュスカインはハッとした。これは、
<憎いか>
声は、それだけを聞いた。彼は考えを巡らした。誰を? 答えにすぐに思い当たる。もちろん、
<あいつは──のうのうと生きている。葬り去らねば、安寧はない>
それが
「夢?」
何度か瞬きをすると、視界に映っているのは夕暮れの空だと分かった。ダリュスカインは慎重に身を起こし、辺りを伺う。と、遠くから何かが近づいてくるのが見えた。人だ。
そう思った途端、身体が動いた。自身が認識するより早く、左手が炎を繰り出す。
「──!」
こちらへ向かっていた人影は、驚いて咄嗟に踵を返しかけたかに見えたが、次の瞬間には炎に捉えられた。それもほんの一瞬で、炎はあっという間に立ち消え、そこから沸いた薄気味の悪い灰色の煙が、ふわふわとこちらへ漂い着くと、それは彼自身の左手に吸いこまれていった。えも言われぬ陶酔感が、身体を巡る。
<美味いな──久しぶりだ>
ダリュスカインは我知らず満足し、と同時にひどい違和感を覚えた。これはなんだ?
何かがおかしい。自分は今、何を?──その先に思考を進めようとしたところで、突然、頭が割れるように痛みだし、堪らず地面に突っ伏した。
「う……あああ!」
鷲掴みされているかのような痛みに、頭を抱えて転がりのたうち回る。どれだけ続いたのか──脳の根幹を揺さぶる激痛は、彼の思考を完全に奪った。あわや意識が遠のきかけたところで、急に痛みから解放される。彼は荒く息をつき、本当に治まったのか判断できずに、恐る恐る自身の身体を確認し、あることに気づいた。
右腕が、ある。
ダリュスカインは、震えながら、それを掲げてみた。紛れもなく、本物の腕だ。しかし──黒い。
「なぜ……」
その手は明らかに異質だった。五本の指はあるが、魔物の鉤爪のような形状をしている。動かしてみると、ちゃんと、思った通りに稼働する。まるで最初から、自分のものだったかのような馴染み具合。
しばらくそれを見つめ、間違いなく存在していることを確認すると、突然、心が動いた。
<やったぞ>
それは、やはり自分の意思なのだろうか。疑うよりも先に、喜びが湧き上がってくる。
ついに自分は、啼義を──
「なんということだ」
ダリュスカインは化け物のような手を空にかざして、目を細める。濡れたような鈍い艶と、鱗のような手触りは、不思議な引力で彼の意識を至福へと誘った。
「素晴らしい」
美しい顔に、恍惚とした笑みが浮かぶ。その口元から自然と、笑い声が漏れた。声は深い森の中、木々の間を這って、どこまでも不気味に響き続けた。
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