第二章 未知なる大地

出会い 1

 ダムスの街の中央街道は、立ち並ぶ店々と、そこに買い物に来る客で賑わっていた。久々に快晴の今日は、いつになく人が多い。

 そんな活気溢れる道中を、旅人用のザックを背負った一人の男が、その肩に更に大きな荷物を担いで歩いて行く。

 男は長い銀髪を左側に無造作に束ね、肩から背に纏っている鮮やかな赤いマントが、歩く足取りに合わせて緩やかに揺れる。腰には、やや大きめの中剣。長身だが、大男という感じではない。端正な目鼻立ちは銀の髪とよく合っていて、青い瞳は、深い海のような穏やかな光を湛えていた。

 普段は柔和であろう雰囲気の彼にしては、少し緊迫した表情だ。大きな荷物のわりには、足取りはどことなく速く、微かな焦りも見える。

 それもそのはずだろう。彼が担いでいるのは人間だった。担がれている黒髪の──まだ少年とも言えそうな青年は、完全に意識を失っていて、その顔は憔悴の色が濃い。彼をくるんでいる濃茶のマントも、色合いで分かりにくいだけで、血の染みでひどく汚れていた。生きているのか疑いたくなるような状態だ。

 男が街道を真っ直ぐ進むと、やがて右手に宿屋が見えた。そのままの足取りで、そこに入って行く。

 こじんまりとした受付には、十四、五歳くらいの少女がいた。明るい茶色の髪を左右に分け、赤い紐を混ぜて、丁寧に編み込んでいる。宿屋の主人の娘だろうか。

 彼女は入ってきた客人に気づくと、すぐに駆け寄ってきた。

「どうなさったんですか?」

 銀髪の客人の肩に担がれて昏々こんこんと眠る青年を見て、少女は心配そうに聞いた。

「この街に来る道中で、ぶっ倒れていてな。まだ生きているんで連れて来たんだが、ひどく弱っている。部屋はあるか?」

「ええ、すぐに用意します」

 慌てずに、少女はしっかり答え、空いていた奥の部屋へ二人を通した。

「どうぞ、こちらのベッドに寝かせてあげて下さい。お医者様をお呼びしましょうか?」

「ああ、怪我もしてるんで、そうしてくれると有り難い」

「すぐ近くに住んでいらっしゃるんで、行ってきます」

 言い終わると、少女はすぐに部屋を出て行った。

 男は、とりあえず青年をベッドに下ろし、ほっと一息ついた。それから自分も荷を下ろして、ベッドの脇の椅子に腰掛ける。大きく腕を伸ばしてから、体の節々をほぐした。

「我ながら、とんだお荷物を拾ったもんだ」

 息があることを知って、思わず担いでしまってから、半日ほどかけてここに辿り着いたのだ。しかし、十代半ばを少し過ぎていそうな青年は、思ったよりも重たかった。おかげで通常よりも倍ほどの時間を要した。

<ま、ある程度回復するまでは、付いていてやるか。このまま見捨てるわけにもいかないからな>

 ベッドの上で全く目覚める気配のない青年を見て、男──イルギネスは小さく溜め息をついた。


 やがて、太陽がゆっくりと角度を落とし、市場のざわめきが落ち着き出すと、酒場から漏れる灯りが道を照らし出した。

 空は濃い青に変わり、街に夜が訪れる。

 星が降りしきる夜空の下、黒髪の青年は眠り続けていた。意識はまだ遠くにあって、夢すら見ている様子はなかったが、その顔には少しずつ、血の気が戻ってきていた。あちこち切り裂かれて血糊が張り付いた衣服を脱がし、身体と顔を拭いてやるまで分からなかったが、こう見るとまだあどけない、小綺麗な顔をしている。

<峠は越えたみたいだな>

 イルギネスは医者が帰ってからも、しばらくその傍にいたが、やがて安心したように立ち上がると、酒場へ繰り出した。予想外の事態ですっかり忘れていたが、喉も潤したいし、腹も減っている。

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