予兆 3
まもなく、夜の帳が下りようとしている。等間隔の燭台が灯された回廊を行く、男が一人。緩やかに波打つ金の髪を高く結い上げ、すらりとした長身に、深紅のマントを纏っている。赤い瞳の奥には、どこか仄暗い光が沈んでいた。
十年ほど前に、このエディラドハルドの大陸の南部から、ドラガーナ山脈を越えて現れた彼は、当時まだほんの十七、八歳の青年だったが、魔術の腕は目を見張るものがあった。彼は、当時やたらと周囲に出ていた魔物を、いとも
だが──
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ダリュスカインにとって、啼義は弟のような気がしないでもなかったが、正直、どこか相容れない空気があるのも事実だった。啼義の持つ力には、他にはない独特の"気"を感じるのだ。
その力が、社の象徴である
<
ダリュスカインは、そう直感した。啼義とて、この
気味の悪い波動だった。魔術師として様々な力の波動を見てきたが、ここのところ啼義が鍛錬のたびに僅かに発している、本人も気づいていないであろう不協和音のようなものに、彼は密かに警戒を高めていた。今回の事件は、それが具現化したようにも感じる。社の信仰に抗うような、決して交われない存在のもの──
<……もしや>
ふと、思い当たった。
<
遥かな昔、淵黒の竜を退治したとして語り継がれる、もう一匹の竜。その竜から授かった"竜の加護"と呼ばれる力を継承する者が治めるイリユスの神殿が、彼の故郷と同じ大陸の南にある。しかしその継承者は、ダリュスカインが故郷を去った当時、もう何年も不在で、神殿の人間が行方を探していた。その力は今、どうなっているのだろう? 継承者は?
思いを
ダリュスカインが立ち止まると、啼義が顔を上げた。右の頬は擦り剥き、額からの出血も見られる。
「啼義様……」
「大したことねぇよ」
何か言おうとしたダリュスカインを遮り、啼義は
「お部屋まで付き添いましょうか?」
ひどく疲れた様子が気にかかり、思わず言ってみたものの、啼義は「いや」と短く断った。「心配には及ばない。すぐに治る」
そのまま歩き去る後ろ姿が突き当たりを曲がって消えるのを、ダリュスカインは立ち止まったまま見送った。
<すぐに治る、か>
そうなのだ。啼義の身体の回復力は、普通の人間のそれをやや上回っている。怪我をしても、いつも医者の見立てより早く完治するのだ。あれも、力の一種なのだろうか。
<調べてみる必要が、ありそうだな>
もしも、淵黒の竜の力の復活を阻むものなら、削がねばならない。黄泉の国へ渡った魂を呼び戻すことができると言われる力。魔物の牙にかかって失った家族を取り戻すために、自分はここにいるのだから。
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