第34話 ドッペルゲンガー

「双葉トオルって…。あの少年が、こんなことを?そんなはずは…」


リョウタは信じられなかった。大人でも直視できない残虐な事件の犯人が、サバイバーでも最年少の少年なんて。


「いや、間違いないよ。とはいえ証拠はほとんどない。証人は私しかいないし、『直接見た』わけじゃないのだからね。宮本君殺害の証拠となるモノは、撃ち込まれた弾丸くらいだ。鈴木の時はレアアイテムを持っていなかったから、『証拠となるモノが何も無い』と言った発言も頷ける」


鈴木の説明が脳裏によぎる。だがあの時はアリバイと時間により、犯人特定まで進展することは無かった。そのことを思い出したリョウタは矢野に聞いた。


「矢野さん、宮本さんもそうですが…、どうやって鈴木は殺されたんですか?」


「私が『見た』のは宮本君だけだ。起こったことをありのまま話すと、双葉トオルが2人いた。間違いなく異端者だね。おそらく能力は【ドッペルゲンガー】だ」


「ッ! ドッペルゲンガーってあの…。もう一人の自分がいるってヤツですよね?」


「そうだ。宮本君は一度双葉トオルを撃退した。だが、その直後に現れた二人目の双葉トオルに射殺された…。ドッペルゲンガーでもない限り、説明がつかない」


「そうか!鈴木の時もドッペルゲンガーが殺したのであれば、アリバイは崩れます!」


「能力の不明点は多いが、任意の場所にもう一人の自分を出現することができるのであろうね…。これは危険すぎる。彼のパーソナリティも、武器も、そして能力も…!」


矢野は歯噛みした。


双葉トオルがこれで凶行をやめるとは思えなかった。明らかに快楽を目的に人を殺している。年齢など関係ない。双葉トオルはバケモノだ。


リョウタが解決策を矢野に提示しようとする。


「これは明らかにミッションとは関係が無い殺人です。運営に報告して―――あ…」


「気付いたかね?」


「―――緊急事態のアラームが無かった……」


「そうだ。運営サイドも今回の事件はドローンにより、双葉トオルの犯行だと分かっているはず。にも関わらず、前回のような注意喚起をしなかった。つまり、サバイバー同士の衝突、果ては殺人に至るまで運営の想定内、ということになる」


「…ミッションに関係無く、殺人も了承されていると?」


「そうなるね。そういうプログラムなのさ…」


「クソッ!!」


ダンッ!とリョウタは床を叩いた。そして数メートル先で浮遊しているドローンのカメラを睨みつけた。その画像を見ている人間に怒りが届くように。


矢野は一見冷静に見えるが、心の中では焦っていた。


「みんなを集めて注意を促さなければならない。双葉トオルへの対策も考えなければ」



その10分後、穏健派のメンバーがホールに召集された。


宮本を除けば、穏健派には24人のサバイバーが加入している。が、集まったのは15人程度。過激派や単独派に比べると、穏健派には怪我人が多かった。矢野の治療目当てで派閥に加入した者も多いのが実態だった。


矢野はメンバーに宮本が殺害されたことを伝えた。


宮本の死亡が穏健派へ与える影響は大きい。実は宮本は単純な戦闘力では穏健派トップの実力だったからだ。矢野の能力は実戦向きではない。後藤が残っているものの、剣と盾のうち、剣を失ったようなものだった。


矢野は双葉トオルが犯人であることと異端者の存在は、あえて言わなかった。


世の中で異端者はアウトロー中のアウトローである。このプログラムにおいても例外ではない。サバイバーのうち、異端者の方が少数派なのだ。よって矢野は自分の能力のことを話せず、犯人についても語ることはできなかった。


矢野の説明をリョウタは黙って聞いていた。


(くそ…。どうすればいい?ドッペルゲンガーに拳銃…!普通の人間である俺が敵うとは思えない。カルラなら…?ダメだ!こんな危険なことに巻き込むつもりか?)


そしてリョウタはレナに目を向けた。青ざめた顔をしているレナを。


(レナだけは、なんとしても守らないと…!絶対に、もう二度と失えない!!)


妹、ルナの死に際が頭をよぎる。あの時の絶望感が膝を震わせる。


リョウタは固く決意した。何もできないかもしれないが、レナを守るためなら何でもする。ルナと瓜二つのレナを必ず守る、と。


矢野の提案で、その晩から交代で見張りをすることになった。なるべく1人にならずに生活することも。しかし双葉トオルへの具体的な防衛策と撃退法は、矢野には思いつかなかった。


その夜、病院内のサバイバーは誰一人眠ることができなかった。



翌朝


眠れない夜を過ごしたリョウタは欠伸(あくび)をしながら食堂へ向かう。


穏健派内のルールで朝7時に朝食が出されることになっている。運営から配給されるのは食材であり、1日に1度来る配給用のトラックは1人3食分を無造作に置いていく。病院では女性陣が交代で料理を作っていた。あのペースト状の食事とは比較にならない美味しさだ。


ハムエッグとトーストを受け取ったリョウタは、レナたちの姿を見つけた。アイとヤヨイと後藤とテーブルで食事している。矢野の姿はなかった。リーダーとして忙しいのだろう。


「おはよう」


リョウタが声を掛ける。


「あっ、リョウ兄さん!おはようございますっ」


「おはようございます。良い朝ですね、リョウタさん」


「お、おはよう、ございます」


ヤヨイだけが返事をしなかった。

見れば、ヤヨイは食事にも手を付けずに震えていた。


「…大丈夫か?ヤヨイ」


「ダイジョーブって言いたいとこだけど…、正直大丈夫じゃない…。はは、食欲もあんま無いんだ」


たった数日の付き合いだが、ヤヨイはその外見や言葉遣いと裏腹に、極度の怖がりであることはリョウタにも分かっていた。だが今、何の言葉を掛けても気休めにもならないだろう。


「そっか、無理すんなよ。でも食べられる分だけ食べた方がいい。ヤヨイは美少女JKなんだろ?そのスタイルでダイエットはしていないだろうしな」


リョウタの穏やかな声にヤヨイは、いや全員が唖然とした。


「…城戸ちゃん?え、どしたの?なんか変わったね」


「え、そんな変なこと言った?」


「いやいや、そーじゃなくてさ。う~ん、なんて言ったらいいんだろ…」


「あのリョウ兄さんが、めちゃくちゃクサいこと言ってるー!!」


「あ?どういう意味だよ、レナ!」


リョウタ自身は気付いていない。


この島に来て、正確にはカルラを守ってから、彼が確実に成長していることに。

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