第31話 異端者

「そんな―――」


言葉を続けることが出来ずに、矢野はリョウタの右足を凝視した。それから右足を触診し始める。


「城戸君っ、痛みはあるかい!?」


温厚で、焦りを見せたことが無い矢野が早口で聞いてきた。


「え、鈍い痛みはありますけど…」


「それだけ?すまないが、立ってもらっていいかね」


言われたとおりにリョウタは立ち上がった。


右足に鈍痛と違和感はある。だがセカンドミッション終了前は右足の感覚が無くなっていたのだ。それと比べれば大したものではない。


あっさりと立ち上がったリョウタに矢野は再度驚いたが、続けて指示を飛ばした。


「…歩いてみてくれないか」


リョウタは右足を前に出す。

痛みと違和感で上手く力が入らないが、ゆっくりなら歩けた。


「信じられない…!こんな患者は初めて見た」


何が凄いのかリョウタには分からない。


矢野はしばし考え込んでいたが、やがてポツリと聞いてきた。


「城戸君、まさかとは思うが君は『異端者』なのか…?」


「いたんしゃ?」


矢野が放った単語は、それほどまでにリョウタに馴染みが無かった。怪訝な顔をしているリョウタに矢野が告げる。


「質問を変えよう。君には特殊な能力があるのかね?今まで瞳が赤くなったことは?」


「!!」


それはリョウタが最も知りたかったことだ。


「矢野さん!それは俺の方が聞きたい!異端者、でしたっけ。一条は能力者って呼んでいましたが、それはなんなんですか!?」


「…本当に知らないのかね?」


「知りませんよ。だから聞いているんです!ミッションで同じチームにいた水野という男は【超音波】を出せると言っていました。人間にはあり得ない能力です。そして矢野さん、あなたもなんですね?ファーストミッションの時、あなたの瞳が赤くなったのを見たことがある!」


「……」


リョウタの怒涛の勢いに矢野は黙っていたが、話し始める。


「そうか…。知らないのか。いや、当たり前だね。普通、知っているわけがない」


矢野が腕を組みなおす。


「そうだ。私には特殊な能力がある。ファーストミッションの際には、その能力を使って工場を脱出した」


「どんな、能力なんですか?」


「…君を信じることにしよう。私の能力は【千里眼】だ」


「千里眼…?」


「そう、まさに千里眼さ。能力発動中、私は半径1キロ以内の風景をどこでも『見る』ことができる」


「な…!」


「はは…。常識を超えているだろ?だが私だけではない。このプログラムには何人もの異端者が存在している。様々な能力を持った者たちがね」


「後藤も、ですよね。…その、異端者ってなんなのですか?」


「さてね、それは私にも分からない。この能力も生まれつきではなく、医者の仕事を始めてから目覚めたのさ。そこからは調べまくったよ。立場上、特殊な人間の話を聞くネットワークもあったからね」


矢野は何処かノスタルジーを感じているようだった。


「我々医者は、まあ政府内の要人も含むのだが、そういう特殊な人間を『異端者』と呼んでいた。何故そんな能力を獲得するのか、何故瞳の色が赤くなるのか、何も解明できていない。新人類なんて言う者もいるくらいだ」


「…矢野さんの能力は分かりました。では、後藤のは?」


「それは私の口からは言えないよ。これは文字通り異端の力だ。普通の人間ではない。普通というレールを外した人間の結末を知っているかい?大概が差別され疎外される。魔女狩りなんかがいい例じゃないか。それを異端者たちはよく分かっている。正体と能力のことは、よほど信用していないと言えないのだよ」


「そう、なんですね…。その通りかもしれません。矢野さんのことは誰にも言いませんから」


「そうしてくれると助かる。さて、結構時間が経ってしまったね。あと、聞いておきたいことは?」


「あ、昨日矢野さんといた人は誰ですか?距離感がずいぶん近いなと思いましたが」


「彼か。彼は宮本タツヤ君だ。立場的に言うと穏健派の副官だね。ちなみに彼のナンバーは11だ」


「11位!凄いじゃないですか。高ランキングが揃い踏みだ!」


「それでも安心はできないがね。さあ、話はこれで終わりにしよう。傷の治りが早いけど、今日は安静にしたまえ」


そうして矢野は部屋を後にした。



その後、食事とともにアイとレナとヤヨイがやってきて雑談した。主にセカンドミッションの話になった。3人はリョウタの地雷原の話に驚いていたが、リョウタも3人の話には驚かされた。


アイは砂漠地帯での大規模な流砂の罠だったらしい。なんとチームは彼女以外全員死亡。生き残った彼女はリュックを捨て、1人でゴールへと向かった話だった。


レナは山岳地帯で、罠は落石。だが矢野の指示で回避し、チームメイトは全員生還。リョウタはそのからくりを知っていたが、約束通り話すことはしなかった。チームの全員が穏健派に入ったという結末だった。


ヤヨイは草原ルートで多くの軍用犬に襲われた、という話だった。後藤のおかげで逃げ延びることができ、ファーストミッションに続いて助けられたとのこと。だが悲しいかな、ヤヨイが後藤のことを気になっている素振りはなかった。


こうしてリョウタにとって2日目の入院生活は終わった。


病院には風呂があり、右足を浸からなければ入浴しても良いという矢野の返答をもらったリョウタは久しぶりの風呂を楽しんだ。途中で一糸纏わぬアイが乱入してきたが、鋼鉄の意志で追い払った事件があったが。


そして翌日、リョウタは違和感なく歩けるようになった。矢野から外出解禁のお墨付きを得たリョウタはカルラに会いに向かった。


デスゲームが始まって6日目の昼のことだった。

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