第11話

 高校に進学した彼女は、週二回直人の住むマンションに通っていた。


「また散らかしてる」

「おーすまんすまん」

 寝巻き姿の義兄を押しのけ、掃除機に手を伸ばす。

「いくら仕事が夜だからって、ぐうたらしてたら駄目よ」

「肝に銘じます」

「たく」

 しょうがない兄さんね、と言いながらスイッチを押した。


「高校の勉強はどう?」

 冷蔵庫を物色中の直人が声を掛ける。

「大丈夫よ、いい家庭教師に付いて貰ってるもん」

「本職は塾講師なんですが」

「私は特別でしょ? あ、なんか作ろうか」

「そこまでされたら、バイト代出さなきゃならん」

 振り返ったアオイは、悪戯っぽく笑った。

「いいよ、好きでやってるんだもん」


 それから一時間ほど、やれ寝癖が付いてる服がダサい鞄の中身を整理しろ等々やって、ようやく直人の出社準備が整った。

「じゃ、行って来るね」

 玄関でキーを回して、彼が言った。

「適当に片付けて帰るわ」

「あんまり物色しないように」

「べえー」

 直人は笑って、パタンとドアを閉めた。



 後に残ったアオイは、テーブルの上に残った食器を片付けようとした。

 その手がふと、彼のマグカップに触れる。


(・・・あ)


 暫く躊躇ったアオイ。

取っ手を掴み、そっと持ち上げた。


 震えながら、ゆっくりと唇を近づけていく。


 その時、流しでバランスを崩したパン皿が、ガタンと音を立てた。


 ハッと我に返る彼女。

耳まで真っ赤にして呟いた。


「・・・バカ、なにやってるの」

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