8 発電所


ㅤあれから十日は経っていないはずだった。サージュのスカウトがようやく実戦投入される今日、遂行すべきミッションはセトの抹殺だ。時間がもう残されていない。クラージュが正しかったのではという悔恨の情が心中にじわりと染み渡る。これまで計四体のウォーカーを破壊し、できる限りの命を救おうとしてきた。ついこの間までは可能だと思っていたその甘い考えが、セトの周到な計画とミューの知識によって無惨に打ち砕かれたのだ。セトの居場所の目星がついた今、尻込みなどしていられない。セトは、ウイルスが体を蝕むのと同じようにジャックを”量産”し、ますます人々の脳の中を喰らい尽くすだろう。勝とうだなんて思わない。それこそケビンに倣って命と引き換えに計画を頓挫させるか、さもなくば妨害するまで。私が倒れようと、その意思はアンダーテイカーに根付いている。第二、第三の対抗者が旗を取るのだ。

 俄かに気が晴れた。相手は一人。いくら私たちが作られた存在でも、多勢に無勢といったところ。フランケンシュタイン博士だって、自らが魂を吹き込んだ怪物に殺されているではないか。ただ死んでしまえば元も子もないが、幸いジャックの意思は私が守護している。そして、私の意思はアンダーテイカーにある。生者の行進が、セトを必ず仕留める。

〈クイーン、もう少しで、周囲の壁が狭くなる。少ししたら、右側に丁度格納庫に最適な堅穴があるから、位置情報を送るよ〉

 ミューをはじめとする解析班は、セトは現在第三核融合発電所にいる可能性が高いとにらんでいる。時間が限られている今、暗闇を飛行するこのビークルは、高速移動を可能にするVTOL型だ。飛行音で敵に察知される危険性や事故を起こす確率が装甲車型より格段に高いが、この際仕方ない。もともと全てを擲ってまで奴を出来る限り早く倒す予定だった。今更「可能性」などくだらない。

 いつものようにビークルを洞穴に格納し、疑似的岩壁でカモフラージュする。

「ビークルは完了。これより徒歩で移動する」

〈スカウトは持ってくれたかい?〉

 画面の端を調べると、指紋認証のエリアがあることに気付く。触れると起動して、サージュ、ミュー、そして幾人かのアンダーテイカーの構成員がスクリーンに映る。 

〈ありがとう。こっちも見えるよ。じゃあ、下ろしてくれ〉

 「ミュー、お願い」と、無線の裏でのやり取りが聞こえた。程無くしてスカウトは機敏に動き回る。歩くと私の後ろを影のように付き添う。

 この先に、発電所がある。セトがいなければ、それまで。今や世界は風前の灯火で、すぐにでもその鼓動をやめて、新たな世界として孵化せんとしている。なぜセトがそんなところにいるのかすら聞いていないくらい差し迫っている。端末をみると、距離はあと十分前後移動すればよさそうだ。私はスカウトを持ち上げ、駆け出した。



 このあたりのはずだ。暗闇にぼやける巨大建造物を凝視していると、思わずナイフを持つ手に力が込められる。それはほとんど意図せずに、本能に従った結果となって表れていた。

「セト、お前の計画もここまでだ」

 張り詰めた空気を威嚇発砲の如く震わせると、鈍い音と共にすべての照明が点灯する。

「お前たちの住むこの大穴、どうやって出来たかを?」

 まだ、奴の姿は視認できていない。仕方なく、虚空に向けて言葉を投げ返す。 

「知らない」

「地下核実験だ。私の祖先どもの頭には、争いしかなかったと、これでわかるだろう。だからこその――」

 そこで言葉が途切れる。丁度、スカウトが熱探知機能を使ってセトの居場所を割り出していた。その正面に立つと、下方の暗闇から大仰な機械が光にさらされる。そこに繋がれているのは、

「ジャック!」

 冷や汗が、全身から放出されているのではないかと思うほどに吹き出る。口の中に鉄の味が広がったのは、おそらく口内をどこか噛み切ったのだろう。その他にも様々な変化があっただろうが、すでに意識は蘇ったジャックと彼の身体に装着された強化部位装置とにくぎ付けだった。

「私が彼を再創出した。アンダーすべての人民を統一するためには、伝説の英雄の言葉を借りるだけでは物足りない。”彼に言わせなければ意味がない”のだ。この装置は、私の生体認証によってのみ起動する」

「なぜ、ここまでして……、私たちを支配しようとする」

「いや、君たちは第一段階に過ぎない。先も言ったが、私が憎み、更正させようとしているのは地上の人々だ。彼らの歴史は戦争と切っても切れない縁にある。確かに人類史の針は戦争が早めたが、技術が頭打ちとなった今、争いは不毛だ。滅亡の未来が、大口を開けて待っている」

「だからと言って、死者をここに生き返らせるのは冒涜だ。生者を一つにするなど、そんなもの……、個性を亡くした世界など、墓石の下に等しく眠る死者と変わらないだろ!」

「よし、ならこれだけ言っておこう。まず、私は今さら何を言われようと考えを曲げるつもりはない。そしてクイーン、お前がジャックを殺し、私が蘇らせてやった。蘇らせたのは私だ!」

「違う!ㅤジャックは自分の意思と、お前たちの歪み切った空論に振り回され、殺された。なぜこんなことでしか平和を作り出せない?ㅤ彼に任せれば済む。地上の人間など、知ったことでは無い」

ㅤセトの「一つ目」が、光を増した気がした。一定の輝度で緑に輝いているはずが、彼の感情に呼応してか確かにそう見えた。片手をこれまた大仰な装置のレバーに置き、けたたましい音が鳴る。その次は――ジャックに繋がれていた管が、大気の重厚な衝撃と共に剥がれ落ちていった。それには、ただもう眼を開けておくことしか出来なかった。死者が、一秒一秒ごとにこちらの世界に呼び戻されているのだから。

「シェヘラザードにでもなったつもりか?ㅤ質問が多すぎる。だがこの問題は、時間の中に織り込まれている。私の真意を示して終わりにしよう……。

ㅤ人類は、原初、自然の中を自分たちの力と意志だけで生きるという「人間らしい生活」を営んでいた。しかし、文明と最も罪深き知恵たる科学が、それを飲み込んでいった。法が、罪どころか大義をも抑制し、総体を縛り上げる。人々が人間的な感情ではなく、感情の無い法律・条約といった決め事に決断をゆだねた時、そこから出た結論は、既に人の子ではないのだ。法によって人間を裁く行為、法によって人間が縛られるという現実そのものが、もはや人間らしい行為を大きく逸脱している。だからこその……、生者の行進なのだ。

ㅤ私はこれから、地上の人間もどき共の脳を刷新する。より人間らしい選択ができるよう、意識そのものを拡張してやるのだ。そう、B2システムのミソはそこにある。脳を破壊するBreak Brainのではなく、刷新するBare Brain。再構築のための、創造的破壊。そのためにお前たちが必要だった。人間らしい行動をする「人間を模した機械体」の行動パターンモデルが。皮肉なことだ。人間は、人間の偽物に人間らしさというものを教わることになるのだからな!」

ㅤ一息、大きく吸って呼吸を整えると、セトの手は背後の机に置かれていた奇妙な形の銃を握っていた。

〈危ない、逃げろクイーン!〉

ㅤサージュの声に籠った、向こう全員の意思が耳に届く。届きはするのだが、今の今まで意識はジャックにある。あと一つ、器具が外れれば今にも動き出すのではないか、そんな期待にばかり囚われている。もう一度サージュやミューからの呼び掛けのあと、セトは引き金を引いた。

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