地底のロマンサーガ

凪常サツキ

1 依頼


 周囲の湿った岩壁と闇が、拳銃の発する鋭い鉄の音を密かに吸収していった。銃口に生じる発火炎マズルフラッシュも、あっけなく浸蝕されていく。

 それなのに、彼が死体となって地に倒れる時の音は、いつになっても忘却の霧としてはかき消えず、事あるごとに耳をつんざく。この銃弾一つが、すべてを引き起こした。

 すべて。そう、ここに住む私たちをも超えて、私たちの「親」すら巻き込む規模の騒動の発端を、この一瞬と一欠片の鉄が引き起こしたらしい。

 これでいい。今、報復と報復が、復讐の鎖で繋がった。復讐は、人間らしい行為。

 これでいい。報復の鎖は、それに縛られた者が全滅するまで決して断ち切られることは無い。死はどんな人間にも訪れる。

 けど、感情に支配され、復讐を遂げるだけの生涯なんて、まるで機械のよう。最も人間らしい知性と感情を駆使して行われる行為が殺人兵器と同じなら、人間らしさはどこに……?


 最後に、あなたには謝らなくては。いや、感謝しなければ。

 ありがとうごめんなさい。ケビン。


 *


 光の一切ない洞穴を、四人のならず者たちが行進する。音もなく、気配も消し去った彼らの前には計六人の兵士が巡回している。

 心もとない数本の照明だけが空間を照らすここは、彼らにはお誂え向きの状況だった。今までひたすら闇に生き、闇を啜り、陰に溶け込んで来た戦士達。皆既に、暗部を隠れ蓑にしている。全員がそれぞれの配置に散開すれば、続いてハンドサインで意思疎通がとられる。と、さきほどまで周囲を警戒していた敵五人が、たちどころに倒れた。残された一人の男は何が起きたか分からなかったことだろう。手下が目の前で、一瞬のうちに全滅し、間髪を容れず自身も銃口を突きつけられていたのだから。

「な、何が目的だ……」

 有無を言わさずに、銃がサプレッサーにより抑制され、しけった音を響かせる。暗中での殺し。まさしく暗殺といえるこのミッションは、ちっぽけな銃声とそれをかき消す程度のうめき声が遂行要素だった。唯一周囲に溶け込めなかった銃の鳴き音を、男の断末魔で擬態させる……。そこに慈悲は介在しない。これが意味するところは、ただ死者の帝国あちらへ旅立つ者が、一人増えただけ。たったそれだけのこと。

 だからせめて、と、男を撃った張本人/彼女が、遺体のまぶたを閉ざした。生者の王国こちらに間違えて踏み込まないように。未練を残さないように。

 四人は兵士たちの亡骸を背にして、帰路につく。一度銃を手にすれば、あとは殺人鬼と同等、その枠組みの元、彼らは他人の死に直面して生き続ける。常に人の死に脅かされているが為に、その畏怖の念を闇へと葬り去っている。ゆえに、彼らはいつしか闇とは切っても切れない存在となっていた。闇との共依存関係にある彼ら「アンダーテイカー」に、明日からの光が届くことは、ない。


 *


「クイーン、不気味な依頼が舞い込んできた」

 クラージュの凛とした声が、しっとりと重い空気と眠気を吹き飛ばす。いつの間に寝てしまっていたのか。姿勢を正し、椅子に浅く座りなおすと、水気を吸ってよれた数枚の紙が、目の前に置かれた。机に積もる塵が丁度顔に舞って、顔をしかめたくなる。

集落クラス単位での壊滅……」

 塵を避けるために細くなっていた瞼が、驚きによって大きく見開いた。ここから南東の集落が、丸々一つ「死んだ」というのだ。加えて奇妙なことに、建物に目立った損傷はない。住民だけが皆、突然死に至ったのだという。

「ノエル」

 モーターが唸り声をあげて迫る。私たちの組織には欠かせない要員の一人、サージュ。クラージュを戦闘専門とすれば、彼はさしずめ開発専門といったところ。才能と物を作る技量は確かなのだが、所々抜けている。

「本名は避けろ」

「あ、ごめん……、クイーン」

 お手製の電動車椅子が、申し訳なさそうに後ずさりした。気を取り直してサージュに開口を促す。

「二枚目の資料は、ぼくが解析してみた結果なんだけど、あまり明確なことは分からなかった。死体を見た限り、炭疽病でもなさそうだ」

 写真と共に、考えられる死因を列挙している。だが、結局はすべてに大きく×印がつけられている。放射能による被曝の可能性を問うてみるが、彼は首を横に振る。

「それじゃあ、全員がほぼ同日に死ぬ口実にはならないだろう? しかも、そこら一帯は汚染されていない。その上原子炉だってかなり遠くにある。植物だって……」

「だからこその、調査依頼だ」

 しびれを切らしたクラージュが、サージュの講義を覇気だけで遮る。私が徐に頷くと、サージュがずり落ちた眼鏡をクイと上げなおす。微笑みながら、小さなカプセルと放射能測定器サーベイメーターを手渡して、

「頼んだよ、ザ・シャドウ」

 確かにそう発音した。シャドウと。その称号はもう闇に投げうったのに。ケビンを、あの人を、唯一の家族を亡き者にしたことで自然発生した不名誉の象徴。途端に思考が負の濁流にのみ込まれていった。私が、ケビンを殺した。そうやって、この地底世界はまたもや戦争に墜ちた。全ての平均が整然と並ぶ秩序より、欲望を中心に渦巻く混沌の方が自然だと、そう理解したあの日。肥大した鼓動音の合間から、クラージュの声が聴こえる。どんな声かもわからない。悪夢を振り払おうとしてか、私は訳も分からずビークルに搭乗していた。


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