第13話「契約」500文字【紫色、墓場、意図的な関係】
総合病院のロビーに座り込んで一時間。
余命短い母の為に帰省した俺は、別れた恋人の件で困っていた。
『必ず連れて来て。あんたは一人っ子だから、色々頼んでおきたいの。それから。二人で看取ってちょうだいね』
父を亡くして五年。孫の顔が見たい、が母の口癖だった。
言い訳を諦め、エレベーターに乗ると女性が掛け込んで来た。足元に落ちた名刺には『フリーランス介護士』。俺は彼女に声を掛けた。
「契約、お願いできませんか」
母は彼女を笑顔で迎えてくれた。
病室に入る前に、談話コーナーで契約は済ませていた。介護というより俺の婚約者として。
薄化粧で髪を後ろに結わえた彼女は、五つ下の三十歳。さすが介護士ゆえに病人の世話も行きとどき、母はたいそう気に入って、形見として紫色の石の指輪を譲った。
ひと月後、母は逝った。
葬儀が済むと俺は報酬を払い、彼女は指輪を返した。
一人残った仏間で、最期に撮った三人の写真を眺めると、意図的な関係だったとは思えないほど、皆穏やかな表情だった。
納骨の日。
墓場に彼女が現れ、拝み終わると静かに口を開いた。
「はじめませんか。契約外で」
俺は胸の内ポケットにある形見を、彼女の指にはめた。
線香が長く煙を吐いた。
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