第3話

「ということがあったの」


 その話を相談していた秋に話した。


「あはは、まさか本当にやってるとは」


「本当にやってるって何よ」


「面接で目立つためにかまそうって言ってた奴」


「秋っ……!」


 私は秋の背後に回り、ヘッドロックをかけた。


「ギブギブギブ。ごめんって」


「アレで本当に落ちていたらどうするつもりだったのさ」


「可愛いアリスを独り占めに出来ていた」


 突然私の方に振り向き、両手でほっぺを摘まむ。


「何をする。まあ結果オーライだったから許すけどさ」


 大原ジョンソンとかいう奴が居なければ魔法使いへの道が断たれるところだった。


「んで、次は何するのさ」


「今週の土曜日に会おうだって」


 始めるのに早いに越したことはないということで一番近い土曜日となったのだ。


「明日じゃん」


「そう。私の花道は明日から始まるの」


 1年後にはトップスターよ。見てなさい。


「ガンバレー」


 そして放課後。私と秋は部活に入っていないので一緒に帰ることに。


「なんか校門に変なのいない?」


「ほんとだ。まさか」


 秋に言われて気付いたけれど、この学校の雰囲気に合っていない赤のスーツにサングラスをかけた金髪の男が居た。


 普通ならスルーが基本なのだけれど、あのシルエットに見覚えがあるのだ。


 けれど学校を出るにはあの道を通らなければならない。私は覚悟を決めて通り抜けることに。


「行こう、秋」


 私は秋の手を掴み、急いで通り抜けようとした。


「あ、星野アリスちゃん。待ってたよ」


 捕まった。


「誰ですか?」


「いやあ酷いなあ。大原ジョンソンだよ」


「え、この人が?」


「話はしてくれているみたいだね。僕がワンダーランド社長だよ」


「この人が!大原さん、ちょっといいですか」


「なになに」


 二人は私を置いてひそひそ話をしていた。


 その後、固い握手を交わしていた。何故か意気投合してしまっていた。


「で、何で今日来たんですか。予定は明日でしょ」


「ちゃんと親に許可は貰っているよ。土曜日からって言っていたけど移動とかこみで時間かかるから金曜日の放課後からお借りしますって」


 先に言ってくれよマイ両親。


「はあ。じゃあ行くしかないですね」


「じゃあ私も連れて行って!」


 何故か秋もついていくと立候補していた。


「勿論。あの星野アリスを生み出したプロデューサーだからね」


 という謎理論によって一緒に来ることに。


 車に揺られること数時間。


 私達は目的地と思われる事務所へと辿り着いた。


「はえー。ここが事務所。思っていたよりも小さいけど綺麗だね」


「そうだね」


 事務所は東京ではなく、福岡の中心である天神にあった。秋の言う通り、超巨大なフロアを借りて運営しているというわけではなく、教室2つ分の広さしかないこじんまりした事務所だった。ただデスクの数的に社員は2人位しか居なさそうなので、それにしては広すぎる気はするけれど。


「さあさあこちらへ」


 言われるがままに応接用であろう机に連れられ、座らされた。


「これ秋居ても良いの?」


 どう見ても契約を始めるシーンだよね。第三者が立ち会っていいものなのかしら。


「別に大丈夫でしょ。バレた所で問題のある話では無いし」


 そう語るこの男の言葉を信用して待つことにした。


「お待たせ。これが資料だよ」


 そして今から契約!というわけでもなく、出てきたのはアイドルとしてのコンセプトのようなものだった。


「君には、あの面接でやったような自信満々で傲慢なところを見せてもらいたい」


「はい」


「ということで君には新しく創設するアイドルグループのリーダーを務めてもらう」


 当然と言えば当然だけれど、突然リーダーに任命された。


「分かりました。他のメンバーは?」


「既に決まっているよ。色んなオーディションに参加して見つけてきた二人にやってもらうことになっている」


 紙が一枚渡される。そこに二人の写真が載っていた。


「めちゃくちゃ可愛い」


 秋が素直に褒めていた。確かに言う通り美少女二人だった。


 それぞれ方向性は違うけれど、男子から絶大な支持を受けそうだ。


「この二人ならオーディションに普通に受かるんじゃ?」


 私が言うのもアレだけれど、これだけの美少女が受からないわけがない。


「この二人は普通に受かっていたよ。だけど引き抜いてきた」


 当然のように言い放ったセリフは、どう考えても当然ではない。


「割と権力あるんですね……」


 ちゃらんぽらんな印象を受けるこの男は、実はかなりのやり手のようだ。


「だって君をプロデュースしたかったんだもの」


「まさか」


 新しい事務所。そして私の家から一番近い都会にある事務所。別のオーディションに受かっていた人を引き抜いてきたという話。


「そう。君をアイドルにするために立ち上げた事務所だよ」


「嘘じゃろ」


「いや、ほんと」


 私は今とんでもないことに巻き込まれていたようです。


「ま、私のアリスだからね。これくらいして貰わないと失礼だよ」


 私が茫然としている中で、さも当然だと言い放つ秋。


「確かに、私の才能を受け入れるためにはそれくらいするのが妥当ね」


 良く考えると秋の言葉が正しいわ。前世が大魔法使いで、今が超天才美少女女子高生。そんな華麗なる経歴の持ち主なのだから。


「というわけで本題に入ろうか。アリス君、君はアイドルについて全く知らないね?」


「え、どうして」


 図星だった。私のスピーチは完璧だったはず。


「あの選曲、あの発言はアイドルを知っていて目指しているならやらないよ」


 流石に演歌は不味かったらしい。


「だから、ある程度アイドルについて学んでもらおうと思う。といっても君の個性を潰さないために少しだけだけどね」


 大原は立ち上がり、近くにあったパソコンを持ってきた。


「とりあえずこれを見て」


「AK坂じゃん」


 そして流された映像は、AK坂39のライブだった。


「なるほど、これがアイドルの頂点」


 別に歌が凄いわけではない。大人数で歌う分個性は消えているし、個々の歌唱力も他の歌手に勝てているとはお世辞にも思えない。


 ダンスも別にプロに匹敵するわけではない。大人数が踊れるように簡単な振り付けでしかない。


 けれど、それぞれの身振り手振りや、頑張る姿は、人をしっかりと引き付けるに足るものだった。


 頑張る女の子のストーリーが人数だけある。これが頂点なのか。


「これが、君が3人で乗り越えないといけない壁だよ」


「丁度いいですね」


 相手にとって不足は無い。


「なら良かった」


「流石アリスちゃん!」


 最早私の全肯定Botとなっている秋が、私を背中から抱きしめてそう褒めていた。


「社長、二人を連れてきました」


 そんなことをしていると、事務所の扉が開き、人が入ってきた。


「美幸ちゃん、ありがとう」


「美幸ちゃんは辞めてください」


 大原は美幸ちゃんにデコピンされ、床で悶絶していた。


「失礼します!」


「よろしく」


 美幸ちゃんと呼ばれるスーツの女性の後ろから出てきたのは、先ほど写真で見た二人だった。


「あなたが、大原さんが言っていた星野アリスね?」


「そうよ。あなたは?」


「私は蒼井凜。そしてこっちが」


「日野翼です!」


 落ち着いた雰囲気を感じさせる、黒髪ロングの女の子が蒼井凜。そして活発な雰囲気を感じさせる茶髪のショートカットの女の子が日野翼らしい。


「そう。よろしくね」


「ええ」


「よろしく!」


「んで、こちらにいる方は?」


 蒼井さんが秋について聞いてきた。


「私は横山秋。ここに居る星野アリスの大親友です!」


「そう」


「ってことは部外者じゃない?」


 蒼井さんは納得したけれど、日野さんは納得がいかないようだ。


「大原さんに言ったら来ていいって言われたから大丈夫!」


「ならいいけど、企業としては大丈夫なの?」


 日野さんの主張は至極真っ当だった。


「本当ですよ。この馬鹿社長は…… 失礼しました。私は森川美幸。この大原ジョンソンとかいう馬鹿の秘書をやっています」


「よろしくお願いします」


「よし、じゃあ今後の活動について説明しようか」


 デコピンの痛みから立ち直った大原さんは、意気揚々と説明を始めた。


「というわけで、再来週の日曜日に初ライブをやるよ」


「分かりました」


「いや分かりましたじゃないよ凜ちゃん!まだ歌う曲すら決まっていないんだよ。二週間でどうするのさ!?」


「2週間は長いから何でも出来ると思うの。ダンスさえ覚えれば乗り切れるんだから大丈夫じゃない」


「いやいやいや、カラオケだと思ってない?歌詞は表示されないからね!?」


「うそ、でしょ?」


 常識的な反応を見せる日野さんに対し、何やら不穏な反応を見せる蒼井さん。


 まさかポンコツは蒼井さんらしい。


「結局どうするんですか?そもそも曲は何?」


 正直、学校にはちゃんと行かないといけないので、2週間という時間はあまりにも短い。


「それに関しては決めてあるよ」


 近くにあった机の中から、あらかじめ用意してあったであろう紙を取り出して渡してきた。


「これってもしかして」


「アリス君。その通りだ。AK坂39の曲だよ」


 それは、先ほど見ていたライブで使用されていた歌だった。

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