1.41 パーティ

 翌日。冒険者総合ギルド――通称『酒場』には多くの人間が集まっていた。

 今日は新米の冒険者たちが登録を済ませるため、多くの熟練者ベテランが品定めをしたり、先輩風を吹かせたり、不足してしまった仲間を探しに来ているようだ。

 アリアはその人波に揉まれながらも何とか受付を済ませて、カウンター席に座っていた。


「これから、ここの人たちと冒険に出るんだ……。どこかのパーティに声をかけて、仲良くなって……」


 けれど、誰に話しかけたらいいのだろう。

 どの冒険者も眼光が鋭く強そうな出で立ちをしていて、その良し悪しが分からない。

 新人同士なら気兼ねはしなさそうだが、ベテランの方が厳しくとも生存率は高い。


「んー、悩んでても仕方ない! とにかく話しかけてみよう!」


 冒険者になったからには生活費のために依頼をこなさなければならない。

 覚悟を決めてアリアは立ち上がった。


 ―――。


「駆け出し冒険者のアリアちゃんか! 可愛いし素直じゃねぇか! こういう子がパーティに入ってくれたら華やぐな!」


「は、はい! よろしくお願いしますっ!」


「で、職は?」


星魔導士マテリアシーカーです!」


「すまん、今の話はなかったことに……」


「ええっ!?」


 ―――。


「わぁっ! 僕たちも今日からの駆け出しなんですよ! 仲間になっていただけたら嬉しいです!」」


「是非!」


「それで、アリアさんの職はなんでしょうか?」


「星魔導士です!」


「あ……。ごめんなさい、先約がいるので……」


「なんでぇ!?」


 ―――。


 それからいくつものパーティに話しかけたが、一様に職業を言った途端に断られてしまった。


「人気がないのは知ってたけど、みんな避けるのはどうしてなのー……あれ?」


 アリアがカウンターに頬を当てながら落胆していると、入り口の方で人集りが出来ていることに気付いた。

 誰か有名な冒険者でも来ているのだろうか。


「是非ウチのパーティに!」


「いやウチだろう! 1日ではあったが同門なんだぞ!」


「バカ、そんなのここにいる全パーティがそうだっての!」


「いや、だから! そもそも登録が済んでないんだ、ちょっと通してくれっ!」


 群衆の中から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。


「ああくそ、どっちだよ受付は!」


「ユキくん! こっちこっちーっ!」


「アリア!」


 アリアの時よりも密集度の高い大柄の男性たちの壁を掻き分けすり抜けてきたユキは、すでにクタクタな様子だった。


「こっちで受付済ませられるよっ」


「よかった。宿を出たとこからずっと勧誘続きで参ってたんだ。今日は酒場に登録できないかと思った」


「いいなー、ユキくんは人気者で。私なんて声を掛けても全部断られちゃうんだ」


「なんで?」


「それが分からなくて。私のギルドには人がいないから、職業が不人気なのは分かるんだけど……」


「ふーん……」


 登録用の羊皮紙に魔法のインクを吸った羽ペンで記入しながら、ユキは生返事をする。

 アリアに問題があるとすれば素直過ぎるところだが、それでも好印象な要素が多いはずだ。全てのパーティに断られるのはありえない。

 とすると星魔導士という職業自体に何か問題があるのかもしれない。ユキはこの職業のことを全く知らなかった。


「昨日聞きそびれたけど、アリアの職業ってどういう――」


「ようやく見つけたぞユキ!」


「ひゃあっ!」


 アリアに問いかけようとしたのに、大声がそれをかき消してしまう。

 驚くアリアに対して、ユキは億劫そうにため息をついた。


「こいつ、宿を出たところからずっと勧誘してきてたんだ。面倒だから来る途中で振り払ったんだけど……」


「そう簡単に俺を振り払えはしないぞ!」


 とりわけ筋肉質で大柄の、快活そうな喋り方をする男性が人混みから現れる。

 つかつかと立派な革靴を鳴らしながらアリアの隣にやってきて豪快に椅子に座った彼は、よく整えられたブロンドの髪にジュストコートとキュロットの服装という、いかにも貴族らしい出で立ちだった。


「わー、四角顔だー……」


「壁を登って屋根を伝ってと凄まじい身のこなしだったな! あれには俺も手を焼いた! だがよく考えれば今日は絶対にここに来ると踏んだのだ!」


「よく考えなくても自分が誘った目的で分かるだろ」


「む? そうか! 確かにそうだな! ははは! あ!」


 彼は豪快に笑って椅子を軋ませたかと思うと、何かを思い出したように声を上げて立ちあがった。

 忙しい人だとアリアは思った。


「ところで俺はジャガーノート伯爵家四男! ウェイド=ジャガーノートだ!」


「ところで過ぎるだろ。何だ突然」


「これからパーティを組むのに身分を明かさないのはフェアではないと思ってな! まだ誰とも組んでいないだろう!」


「誰のせいで遅れたと思ってるんだよ。それに、貴族かなんか知らないけど、組む相手なら決まってるから」


「なに!! ユキが認めるほどの相手……一体どんなツワモノだ!」


「この子」


「ふぇっ?」


 2人のやり取りをぼーっと眺めていたアリアは、突然指をさされて戸惑った。まさかここに来て矢面に立たせられるとは。

 周囲からの視線が一気に集まり、アリアの顔が熱を持つ。


「いいだろ? アリア」


「さ、誘ってくれるのは嬉しいけど、私じゃユキくんの足手まといになっちゃうよー、あはは」


「初めてのクエストでそんなに難しいのはしないよ。それにアリアが動けなくても、俺が守る」


「ユキくん……」


「ああ! 俺もかまわないぞ! 一人くらい使えないのがいても大丈夫だ!」


「お前と組むとは言ってない」


「つ、使えない……そうですよね、つかえない、ですよねー……」


 たしかに狩りや模擬戦などすらしたことのないアリアは、初戦ではきっと足手まといにしかならないだろう。

 とはいえ、はっきり言われると傷つくのが人の性だった。


「なに、礼はいい! ちょうどこちらも2人だからな! 初心者同士で組もうじゃないか!」


「ウェイドさんも初心者なんですか?」


「今はな! 王立魔法騎士団『ルーン・オブ・イージス』の五等メンバーだが、いずれ1等ナイト・グランドクロスになる男だ! 俺は力があるから、大盾への付与魔法エンチャントルーンを得意としているぞ!」


「ほぇー……すごいんですねっ! よく分からないですけど」


「なに! アリアにはよく分からなかったか!?」


「いわゆるタンク役……重鎧とか着て攻撃を一手に受けるタイプの職業か」


「なるほどー」


「うむ! 意外だろう!?」


「むしろイメージ通りだろ。自分を知的だとでも思ってんのか」


「違う、のか……?」


 本気で思っていたのだろう。ウェイドは瞳孔を揺らしながら、信じられないといった表情でカウンターに肘をついた。


「まぁでも、俺のスキルの多くは個人技だし、本当に攻撃を受けるだけの木偶の坊よりは、魔法が使える分サポート役にもなれて相性は悪くない」


「本当か! やはり俺の目に狂いはなかったということだな!」


「ウェイドさん、もう一人のお方というのは?」


「街の中央部にある教会『セレーネ』に所属する修道女シスターだな! 今は少し買い出しに行っているんだが、もうすぐ戻ってくる!」


「修道女ってことは治癒能力者ヒーラーか。そっちも相性は悪くない。アリアも、魔導士っていうくらいだから遠距離ジョブなんだろ?」


「そうなのか! アリアはどんな魔法を使うんだ!?」


「わ、私のは魔法というより精霊術に近くて……あの、星魔導士っていうんですけど……」


 ずっと否定されていたことで不安でいっぱいだったアリアは、おずおずとその名前を口にした。

 しかしウェイドという人は偏見を持たない性格のようだから、あるいは受け入れてくれるのでは……。


「そうか! ではアリアとは組めない!」


「えっ……」


「無理だな! 星魔導士とは到底組めたものではない!」


「そ、そうですか……」


 もしかすると、あまりにも戦力にならないポンコツ職業という噂が広まっているのかもしれない。

 冒険者が組合に登録する場合、1パーティは4人が定員となっている。その理由は様々だが、本当のところ遺体の回収や救助要請など不測の事態への対処ができる最少人数だからだった。

 故に複数のパーティ同士が組む大規模なクエストはあれど、4人以下で組むことは禁止されている。

 アリアの職業は背中を預けるに見合わないとみられても仕方なかった。


「それなら俺はウェイドたちとは組まない。アリアを受け入れてくれるパーティを探す」


「なんだと!? アリアは必須条件だというのか!?」


「わっ、私は自分で探せるからっ! ユキくん無理しなくていいよ?」


「アリアの職業について詳しく知らないけど、登録できるってことはギルドから認可されてるってことだろ? いくら弱くても完全に足手まといってことは……」


「あのぅ……ご、ごめんなさい、その逆だと、思う、ですぅ……」


 ユキの背後から、弱々しい声が聞こえた。

 彼が振り返ると、背丈の半分ほどの修道服姿の少女が立っている。

 迷子だろうか。


「あんた、誰?」


「わわわ、私は……」


「おお! 帰ってきたかソニア!」


「ソニア……さん? もしかして先ほどウェイドさんが言ってた修道女さんって……」


「は、はいっ。わわわ、私、ソニアって言います、です……! 苗字は教会に入る際に神にお返ししましたので、シスターソニアとお呼びください……!」


 ソニアは小さな声で自己紹介をしながら、白金プラチナの髪を揺らし、俯きがちに瑠璃色の瞳をアリアたちに向けた。


「私はアリアです。よろしくお願いしますね、ソニアさん」


「ユキだ」


「アリアさんに……わわわ、話題のユキさんがパーティに加わってくださるなんて嬉しいですぅ……!」


「いや、俺は入るとは言ってなくて」


「そ、そうでした……でも、星魔導士の方と一緒だなんて……ゆ、ユキさんはギルドマスターから何も聞かされませんでしたか?」


「ジーサンは何も言わなかった。昨日顔合わせもしたけど期待してるって言っていたかな」


「ご老人は知らないのだろう! 先の大戦の前線で何が起きたか!」


「大戦……だって?」


 その言葉に、ユキは眉をひそめた。

 使えない職業なのかと思っていたが、予想が違うらしい。


「あのー。それ、私も知らないんですけど……」


 その後ろでアリアも遠慮がちに手を挙げた。


「アリアまで知らないのか!? 自分のギルドのことなのに!」


「ごめんなさい! マスターのナインさんが外のことは教えてくれなくて……」


「まま、星魔導士は、危険なの、です……」


「危険……だって?」


「は、はい。星魔導士は、導具を用いて、せ、星霊召喚の術を使うんですが……異星の来訪者たる星霊の性質に問題があって……」


「確かに、ナインさんに常々言われてました。『下手を打つな』って。でもそれは、私が星霊さんに丁寧に接すれば大丈夫だと……」


「そそ、それが、そう簡単ではなくて……」


「はっきり言おう! 星魔導士は敵国の一個師団――1万人以上をたった一人で相手取ることを想定された職なのだ!」


「えええぇっ!!!? 本当ですか!?!?」


 その中の誰よりも大声で、アリアは驚いた。バランスを崩して倒れてしまいそうになるのをなんとか堪える。


「前大戦中、星魔導士は各地でたった一人戦場に投下され、敵軍を壊滅させたと聞く! しかしその強大すぎる能力を使用者たちは制御できず、生還した者は現マスターで導具の開発者であるナイン唯一人! 結果として戦争には勝利したが、その破壊力を恐れた国王は王立の研究所から彼を除名した!」


「ナインさんだけが……生き残った……」


 アリアの中で、全てが繋がった。

 どうしてギルドメンバーがいないのか。どうして戦いたがる人間に教えないのか。

 サクラの言った「一人では何もできない」という言葉……それは、戦闘で個人での制御が不可能だと証明され続けてきたから。


「ごめんなさい……私、そこまで危ない職業だとは知らなくて……」


 皆に避けられるのは当然だ。

 破壊力の制御が効かなくなったときに、自分たちどころか辺り一帯を消し飛ばしかねないから。

 アリアの手が、恐怖で震え始めてしまう。


「はぁ……なるほどね」


 静かに聞いていたユキが、嘆息してから呟いた。


「これで分かっただろう! アリアはいい奴そうだが、組むのは危険すぎると! ユキの名を使えば代わりの人間はいくらでも見つかる! だから――」


「俺さ。昔から運動神経はよかったけど、向こうじゃ学歴社会で、それだけじゃまともな評価なんて得られなかったんだ」


「向こうだと? ユキ、何を言っている?」


 ウェイドが食いつくが、ユキは構わず続ける。


「こっちに来るときに、“あの人”が言ったんだ。俺には最強になれる素質があるって。実際今日まで、それはさして疑ってなかった」


「言うなぁ! 自信過剰と言いたいところだが、ユキの実力は未だ底知れない! 納得だ!」


「けどなんだよ、話を聞いてたら1万を相手にする職業? 聞いてないって……そんなの」


 少しだけ、俯いたユキの表情に怖いものが混じった気がした。


「ユキ、くん……?」


「アリア、やっぱり一緒に組もう。俺は剣で、その力を超えたい」


 しかし顔を上げたユキの顔にはその曇りはなく、ただ純粋に強くなりたいという目つきをしていた。

 昨日と変わらないユキの様子に、アリアはホッとする反面、さっきの表情が気になった。


「あの……こんな私でも、ユキくんがいいなら……よろしくお願いしますっ!」


「あぁ、よろしく」


「ははは! まるでプロポーズだな!」


「っ、そんなんじゃないって!」


「そっ、そうですよ! こんな場所でプロポーズなんて嬉しくないです!」


「え、そこなのか……?」


「とにかく! 強さに貪欲なユキの心意気が気に入った! 俺はアリアの加入を支持しよう!」


「え!? 本当ですか!?」


「い、いいんですか、ウェイドさん……も、もし暴走が起きたら……その……」


「ソニアにまで無理に入れとは言わない! だが、このパーティなら戦力は間違いなく王国一だぞ! 強いパーティはそれだけ安全だと俺は思う!」


「たた、たしかに……あ、アリアさんはいい人だし、ユキさんもいるし……けどぅ……」


 小さく足踏みをしながら、ソニアの視線はアリアとユキの顔を往復した。

 あごに手を当てて額に手を当てて、何度も考え直してからようやく決めて向き直る。


「わ、分かり、ました……あ、アリアさんが無理に戦おうとしないでくださるなら……私も、賛成、です……」


「あっ。それなら安心してください、私戦いたくないのでっ」


「ふぇ……?」


「アリア、それは自信満々に言うことじゃないと思う……」


「面白いじゃないか! 戦いたがりのユキと戦いたくないアリア! いいパーティになりそうだな! ははは!」


 ウェイドの豪快な笑い声が酒場の喧騒に呑まれていく。

 嬉しい反面、怖さもある。

 けれどアリアは、繋がる人の輪を……温かいと感じていた。

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