第3話 好奇心の名を知らず
ディルは司祭の話をしばし吟味した。
「……岩の中に入ってたってこと?」
半信半疑で口にしたが、司祭は力強く
「そう。不思議だと思わないかい?」
「……不思議! だって……だって、どうやって石の中に入ったのかな。司祭さま、これ触っていい?」
「いいよ」
ディルは興奮を抑え、慎重な手つきで石の螺旋に触れる。見た目と変わらず、砂粒のようなざらりとした感触で、もちろん固かった。
「石……だなぁ……。ピレスラムって山だよね? じゃあ、誰かが不思議な力で石に変えちゃったんじゃないのか……」
吟遊詩人が語り聴かせる物語のように。しかし山そのものから切り出されると言われると、そんな都合よく説明できる話ではなさそうだ。
しきりに不思議がるディルに司祭は目を細める。
「別の場所ではね、こんなふうに魚の形が埋まっていることもあるんだそうだ。ニゲラから持ち込まれた文献で読んだだけで、見たことはないが」
「ニゲラ……ってピレスラムの向こうの? 司祭さま読めるの?」
あちらの大陸は言葉が違うと、他ならぬこの司祭から聞いていた。それがどういうことなのか、ディルには今ひとつ想像できなかったが。
(おれが、メリア書体が読めなかったのと似てるのかな……?)
以前見かけた装飾文字が、文字と言いながらまるで読めなかったことを思い出す。
「読めるし、少しくらいなら話せるよ。ただ、あちらはこのエルムと違って、国ごとに話す言葉が違うんだ。私が知っているのはすぐ隣の、ジヌラの言葉だけだがね」
「ふうん……。石って、昔は柔らかかったのかな。魚が入っちゃうなんて」
ディルの言葉に司祭は微笑む。
「そういうことになりそうだが、本当のところは分からないね。世の中には不思議なものがまだまだたくさんあるのだから。この間も、見る角度で色が変わる蝶の
「うん。きれいだった」
いったいどこから手に入れてくるのか、この司祭は何かと奇妙な物を聖堂に持ってきては、ディルに見せてくれるのである。
どうして何の役にも立たなそうな物に、そこまで興味を持つのかディルには理解ができなかったが、それでも、次はどんな物を見せてもらえるのだろう、となんとなく期待する気持ちはあった。
その気持ちを何と言うのか、それは分からなかったが。
「魚が同じように入ってたってことは、やっぱりこれ、生き物なのかな……」
生き物であれ細工物であれ、こんな不思議な形のものが本当にこの世に存在するのか、と思ってしまうが、現実に目の前にあるのだからそこに疑いの余地はない。
「考えるだけで飽きないだろう?」
にこやかに同意を求めてくる相手に、しかしディルはこの微かな心の高揚をうまく言葉にできず、まったく別の感想が口をついて出てしまった。
「司祭さまって……暇?」
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