第87話

 水晶湖で更にもう一泊してからの翌朝、神木公平たちは王都アインベルへ向けての帰路についた。


 買い込んだ食材を全て携帯食に調理し、馬の休憩を挟みつつ、一気に王都を目指す。


 そうして神木公平たちが王都に着いたのは、夜の10時を回ってからであった。


 馬車はこのまま騎士団の本部を目指すというので、方角の違う神木公平たちとチェルシーは、傭兵組合本部の前で降ろしてもらう。


「短い間でしたが、皆さんとお会い出来て本当に良かったです」


 レトが別れ際、少し寂しそうな笑顔を見せた。


「出来ればで良いのですが、いつかまた…」


「レトは勉強が忙しいだろうからさ、時間が空いたらいつでもメイさんの再生屋に来なよ。俺たちは大抵そこに居るから」


「良いのですか?」


「何言ってんだよ、友達だろ?」


 そう言って神木公平が、幸運のパスケースをヒラヒラと軽やかに振る。


「ちょっと予定とは違ったけど、コーヘーさんとお揃いですし、貰った物は大事にするですー」


「…うん」


 チェルシーは不本意そうに顔を背け、佐敷瞳子はハニカミながらパスケースを胸に抱き寄せた。


「ありがとうございます。必ず会いに行きます」


 レトは一度大きく頭を下げると、とても嬉しそうに微笑んだ。


   ~~~


 6人の騎兵と2台の馬車が、山の手エリアの麓にある、騎士団本部の正門前に到着する。するとそこには、豪華なリムジンが待っていた。


 モチロン魔核で動く「魔動車」だ。


 アイゼンは部下と1台の馬車に、先に正門に入るよう指示を伝える。


 少しの後、そのリムジンから、ひとりの女性がスッと降りてきた。


 頭とお尻に、黄土色で毛先が白い、キツネのような耳と尻尾が生えている。


 清楚な雰囲気漂う長袖のメイド服は、スカートの裾が脛のあたりまである。背中まで伸びる栗色の美しいストレート髪は、毛先を白いリボンで結われていた。


 メイドは優雅に歩みを進めると、馬車の扉を開けて頭を下げる。


「おかえりなさいませ、レティス様」


「ああ、カチュア。ただいま」


 ひとり馬車に乗っていた少年が、メイドに挨拶を返しながら降りてきた。それからチラリと馬上のアイゼンに視線を送る。


 するとアイゼンは言葉もなく一礼し、馬車を連れて正門の中へと去っていった。


 その姿を見送る少年の背中に、メイドは頭を下げたまま言葉をかける。


「長旅お疲れさまでございました。道中は如何でしたでしょうか?」


「…何とか、友達にはなれたよ」


「さようでございますか、それは……えっ⁉︎」


 想定外の返答に、カチュアは思わず顔を上げた。


「ああ勿論、市民証も確認してきた」


 カチュアの反応に愉しそうに笑うと、レティスは街の南区画へと視線を向ける。


「何故だか市民証の発行時期が、英雄殿たちと一緒だった。面白いね」


「本格的に調査員を派遣しますか? そうすれば役所の申請書も、閲覧する事が出来る筈です」


「いや、それだと王宮の老獪たちに気付かれる恐れがある」


 ハルベルト=スピアーの件から始まり、クラーケン騒動と…カチュアが秘密裏に情報収集を行なってきた。しかし非公式ではどうしても、目撃情報程度の収集に留まってしまう。


「第二の救世主たり得る彼らを、身勝手な保身の駒などに使わせる訳にはいかない。サッサと存在を公にさせる」


「それでは…?」


「ああ、計画を進めようか。再会は存外早いかもしれないね、コーヘーさん」


 レティスは夜空を見上げると、悪戯っ子のような笑顔を見せた。

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