笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされてた件

恋狸

第1話 Prolog&0日目:案内

「すまないな……どうしたってお前の呪いを解くことができないようだ」


「いいえ。お父様のせいではありません」


 煌びやかな装飾が施された部屋。天蓋付きのベッドや、高級家具が置かれている部屋には、頭を下げる初老の男と、眼を奪われる美貌を誇る少女がいた。

 銀髪碧眼、艶やかな長い髪は重力に従っている。職人の細かな意匠が施されたドレスを押し上げる胸、目にした者の時を止めてしまうほど圧倒的な美貌。

 まさに『美』と体現できるほどの少女だが、彼女は口元に一切の笑みを浮かべることができなかった。


 それはこの世界にたった一人しかいないの呪いである。

 

 ここ、リング王国の第一王女である『ルミナス・フォン・リング』彼女に対して頭を下げる男は、父である『カマエル・フォン・リング』。

 正真正銘、この国の王である。


 王は親バカである。誰よりも娘を愛しているが、故に笑顔を取り戻したいのである。

 8歳の時より『笑うことのできない』呪いにかけられて早10年。大陸中の魔法使いや、治癒師を呼び集めたが、結果は芳しくなく呪いを解ける人物はいなかった。


 王は鬼気迫る勢いで治療法を探した。それは、かの幽王のように、一時期国政を疎かにするほどであったが、娘自身に窘められ何とか激情を胸に抱えながらも日々を過ごしていた。

 そんな王が五年前より行ったのは、他人に任せることであった。

 すでに王自身は手を尽くした、ならば他の人が、娘を笑わせることができたならば、と始めたのが──一ヶ月間の猶予中に娘を笑わせることができたら、褒美としてできる限り何でも願いを叶えるというものだった。


 当然、応募者は殺到した。

 公平を期すため抽選で、しかしキッチリと素性を調べた上で選んでいった。


 五年で挑んだ人物は様々で、大陸を渡り歩く奇術師、美しさが国を超えて語り継がれる貴公子、百年に一人現れるという聖女、売れっ子の芸人、魔女に匹敵する魔法の腕前を持つ賢者……etcと……公平を期すためとか言ってる割に王の独断と偏見で選んでることが丸わかりな人選であったが、誰もが超優秀な各ジャンルのスペシャリスト。


 だがしかし、誰一人として彼女を笑わせることができなかった。


 総人数六十人。五年をかけてもなお、笑わせることができなかった王は嘆き、そして、この方法を来月で終わらせることに決めた。


「最後の人物は、なんと『魔剣士』殿だ。『闇』は潜ませておく……と言っても『魔剣士』の称号を冠する者に勝てるとは思わないが……」


「……はい、わかりました」


 彼女は頷くことしかできない。『魔剣士』と聞いても驚くことはない。


 そして、王は、願わくば最後の人物が笑顔を取り戻してくれるよう、ただ一心に祈っていた。






☆☆☆



「はっくしゅんっ!」


 当本人の青年はと言えば、明日からの王城生活を楽しみに『らぅめん』をすすっていた。


「誰か噂でもしてんのかな」


 呑気な事を考えている青年。頭に占めているのは、どう彼女を笑わせようか…………


 ただ彼は、一ヶ月間の間、王城で無駄飯食らいをすることしか考えていなかった。


「うわぁ、別に何もしてなくても一ヶ月間衣食住の補償とか最高すぎね?」


 





☆☆☆



「相変わらずでけーなー」


 俺は超ドでかい王城を見上げて呟く。

 リング王国首都『リゲート』に構える城、城の大きさは国の権威を表すなんて聞いたことあるけど、それをまさしく体現したような形だ。

 正直、住めるスペースがあれば満足する、実に庶民派の俺からしたら、うっ、とくる。


 そもそもこの国じたいがそういった風潮があるから、どうも馴染めない。

 あ、俺は結構遠く離れたヤマトって国から来たんだけど、慎ましやかに質素に生活しましょー、って風習があるから馴染めないのも当然かもしれない。


 なんてことを考えてボーッとしていると、俺に小走りで駆け寄ってくる人物がいた。

 豪華な装飾が施された赤色のドレスを身に纏った妙齢の女性だ。恐らく、王族の誰かだろうと察することは容易だった。


「あなたは、『魔剣士』のカタギリ・ヨウメイ様ですね」


「よせやい。魔剣士って肩書きは正直恥ずかしいんだ」


「ご謙遜を。単騎で国を相手にできる化けm……失礼、英雄の称号じゃないですか」


「ほぼ言ってるよな?」


「気のせいです。さっ、城をご案内いたします」


 わざとらしく、はて、と首をかしげてとぼけた女性はこういった手合いに慣れているだろうやり手だ。

 うへぇ、貴族っぽいなぁ。内心苦々しい心情を覆い隠す。

 ま、貴族相手に敬語を使う必要のない『魔剣士』の称号は便利だがな。

 でも、こういった迂遠なやり取り苦手マンの俺的に言わせて貰えれば、面倒臭い。これに尽きる。


 ドレスを翻して案内に向かおうとする女性……って名前を聞いていなかった。


「名前を聞いてなかったけど」


「あ、申し遅れました。わたくしはファミリア・フォン・リングと申します。一応、妃的な奴ですね」


「普通に妃じゃんか」


 こんな若そうな見た目して、俺より一回りも年上かよ。俺が20歳ちょっきりだから、40と……か


「何か、言いましたか?」


 年齢を思い浮かべた瞬間、ゴゴゴと空気が歪む音と、不自然な笑顔のファミリアさんと目が合う。目が笑っていなかった。


「いえ、ナンデモナイデス」


「ふふふ、敬語なんておかしいですねぇ」


「ハイ、ソウデスネ」


 年齢については禁句らしい。口に出してないけど。

 


 戦々恐々としながら、ファミリアさんの後を歩く。怖ぇーわ。もう、圧が違った。あれぞ年の功……ひっ、睨まれた! 


「キラキラしてんなぁ」


 目が痛い。

 高そうなツボ、絵画、鎧、剣とか。

 剣に関して専門家の俺的には、実用性に欠けるなとしか言いようがない。ひたすら価値を高めただけだ。剣が泣いてるぞ。

 口には出さないけど、どうも不愉快な気持ちになる。これも文化の違いかね。


 だだっ広い王城をひたすら歩くと、とある部屋に案内された。

 ベッドが一つに、ソファが二つ……客室だろうか。


「ここが一ヶ月間滞在中の部屋となります。まず荷物を置いて王へのお目通りをお願いします」


 ほーん。普通に高級ホテル以上だな。伊達に城じゃないか。絶対落ち着かないわ。


「というか、こういう案内で侍女とかがするんじゃないの?」


 ふと気になった疑問を口にすると、ファミリアさんは、にこやかな笑みから一転厳しい顔付きへと変化した。


「あのですね。『魔剣士』様相手に侍女を付けさせてはい終わりなんてしたら、国の権威を疑いますよ。もっとあなたの立場を考えてください」


「……確かにそうか。それはすまなかった」


「……いえ」


 素直に謝ると、目をぱちくりさせて拍子抜けな様子だ。

 そんなに謝ることが驚きなのか? ぶっちゃけ『ヤマト』じゃあ、何かあったらすぐ謝るのが普通だぜ。道を歩いててぶつかったらすみません。道を尋ねる時もすみません……ってこれは、謝るうちには入らないが。


 まあ、俺の立場を差し引いても一国の妃が案内するのもどうかと思うが……。

 というか、国王よりも上の立場の『魔剣士』とはいったい……。


 いやね、『魔剣士』なんて気がついてたらなってただけだからな?

 ただ百年に一度現れる魔王を単騎でぶち殺しただけだぞ? あいつは弱かった。


 でも、倒しても賞金とかねぇし。名誉とか貰って何になるの? いらねぇー。

 

 荷物を置いて、再び案内されて一際大きな扉の前に立たされた。


「では、こちらへどうぞ」


 扉が開かれる。

 進むとそこには、シャンデリアに照らされたマントを羽織る初老の男……第120代国王カマエル・フォン・リングと、側近二名が立っていた。


「よくぞ詣られた『魔剣士』殿。私はカマエル・フォン・リング。この国の王を務めている」


「お目通りできて光栄でございます。私は当代の『魔剣士』を授かった、カタギリ・ヨウメイと申します」


 俺が敬語を使ったのを聞いたファミリアさんが、ギョッとした顔で俺を見た。

 いやいや、失礼な。謁見って公式の場だったらさすがに礼節くらい尽くすわ。


 それに、王は本来俺よりも立場が下。なのに、威厳を持った態度で接するのは、ひとえに国を背負った重鎮として舐められないようにするためだ。

 それがわかってるから、別に咎めようなんて一切思わないし、逆にその思慮には感服するのみだ。だからこそ、敬意を持って接せねばいけない。


「まさか、『魔剣士』殿が引き受けてくれるとは思わなかった。ただ、一人の親として感謝する」


「いえ、気にしないでください。私も呪いに触れたことがある故、少々学術的興味も含んでおりますので」


 ごめんなさい嘘です。成果を出さなくても一ヶ月間食っちゃ寝できるって聞いたのでオファーしました。

 いや、呪いに触れたことがあるのは事実だし、興味がないって言ったら嘘になるけど、本来の目的は違うんだよ。すまん。

 正直『魔剣士』が個人に関わることがグレーゾーンだから勘弁してくれ。



「では、明日からお願いする。何とぞ、娘をよろしくお願いします」


 最後だけ敬語で。それは、王ではなくただ娘を愛する父親そのものだった。

 


 まあ、やれるだけやるか。

 魔女の呪いねぇ……。




 がそんな面倒な呪いかけるのかね。




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