地獄巡り

あきかん

第1話

 チッ、と舌打ちの音がした。窓の外を眺めている短髪の男は、これで何度目になるかわからないほど苛立っていた。

 俺はそれをただ見つめる。電車に揺られ、席の隣に座って、触れない程度に隙間を開けて。

「あぁ、海に行きてえな」

 短髪の男は独り言を呟いた。

「これから行くのは山ですよ。火車さん」

 チッ!と、ひときわ大きい舌打ちが響く。電車はそれを無視して進んでいく。ただ、目的地へと向かっていく。


 目的地へとついた。俺達は電車を降りて駅を出る。

「今夜は泊まります」

 と、俺は言った。

「個室だろうな」

 と、火車は言う。

「当然、相部屋です」

 そう答えたら、火車は持っていたアタッシュケースを手放して俺の腰まで伸びた髪をわしづかみにし、俺の顔を電柱へと叩きつけた。

 グチャっと鼻が潰れる音が頭に響く。キーン臭が鼻を満たす。錆びた鉄のような血の臭い。激痛と共にそれは訪れる。

「これでも痛みは感じるのですよ。何度も言っているけど」

 俺は火車に向かって言った。チッ!と大きな舌打ちが響いた。


 宿へとついた。鼻血は止まらない。仕方なくポケットティッシュを鼻に詰めた。

「予約していた月神と火車です。」

 出迎えに来た旅館の主にそう告げた。彼は訝しげな顔を一瞬見せるも、平静を取り戻し部屋へと案内してくれた。仕方ない。鼻血で汚れたワイシャツの男を見て、何も反応するな、という方が無理があろう。

「それで、お客が消える部屋というのはこの部屋だけなのですか」

 と、俺は尋ねた。

「そうです。もう3年近く前からになりますか。最初は料金の踏み倒しかと思ったのですが、昨年、この部屋からいなくなった方々の死体が見つかりまして。警察の捜査も一向に進まずじまい。それでツテを頼ってあなた方に依頼したと言うわけです」

 3年前か。と、俺は思った。俺達が閉じ込められていた施設が壊されたのが5年前。それから少し時間が経っている。経ちすぎている。

「わかりました。とりあえず、今夜は泊まってみて、何も無ければ調査に向かいます」

 俺が答えると主は部屋から立ち去った。火車と2人っきりだ。彼の目は激怒の炎を灯し俺を睨んでいた。

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