第二章

第6話「あの日の続きを、夢に見た」

 その日の夜、変な夢を見た。

 今日もまたあの悪夢が、記憶を辿り、疑似再現された空間にオレの意識は放り込まれた。


 そしてそこでオレは……惨めにまた、誰にも助けられないと知りつつも『助けて』と泣き叫び、『もうやめて』と許しを乞う。本当……いつ見ても惨めな光景だ。


 一体後どれぐらい、こんな近い距離で、過去の自分を見なければいけないんだろう。

 いつになったらオレは……この呪縛から、自分を解き放てるんだろう。


 永遠に繰り返される。

 巻き戻される。……抜け出せない、無限ループから。


『お巡りさん! こっちで人の声が!』


『そこ! 何やってる!』


 そんな感傷に浸っていると、繰り返されてきた『悪夢』に新たなレールが敷かれた。

 夜10時を過ぎた夜の公園。人だかりも少なく、交番の警備員が巡回を始める時間帯。そんな条件が揃えば、必然的に『通報された』もしくは『知らされた』と捉えるのが自然だろう。


 そんなオレの考え通りに、男達は少年から手を離す。

 少年はその場で崩れ落ち、床に這いつくばった。

 男達は先程の声に危機感を覚えたのか、少年基オレから手を離すと、すぐさまその場から逃げ去っていった。


 ……助かったのか?


 苦しみも、痛覚も、刺激も、耳元でざわめく声も消える。それは同時に、当時のオレに『終わった』という事実を植え付けた。


 着ていた制服は汚れ塗れ。最早、着れる原型が残っているかも怪しいほどだ。

 近くに落ちていたブレザーを手に取り、抱き寄せ……そして数秒後、オレは先程までの痛覚とは別の痛みに支配され、抑えきれずに泣き出した。


 ……あぁ、そうだ。

 オレはこのとき、嬉しかったんだ。


 やっと終わった。家に帰れる。そんな、後先が考えられないほどに弱っていたんだ。多分、このときだ。オレはこのときから――1人が嫌いになったんだ。


『大丈夫!? 今警察の人呼んだから、大丈夫だから! 大丈夫、だから……ごめんね。見つけるのが、遅くなって』


 そんなオレの元に、見覚えのない学生が手を差し伸べてきた。

 弱りきっていた同時のオレには最早、顔を認識するような労力も残っておらず、ただ手を差し伸べられたこと、そして優しく感じた声をしていたこと。


 ――さっきと違う。

 たったそれだけの条件で、オレはその無償の優しさに縋りついた。


 広くて温かい他人の体温。さっきまで感じていた気配とまるで違い、とても安心する。

 感じれたのは、それだけ。

 顔を見る余裕も、お礼を言えるほど体力も残っておらず……オレは、その人の胸元で泣き崩れることに残った体力を使い果たした。


 誰でもよかった。

 側で支えてくれる誰かが、あのときのオレは、欲しかったんだ。


 ✻


「…………ゆ、め?」


 目が覚めた。カーテンの隙間から指すのは真っ暗闇な景色ではなく、太陽が昇った朝の日差し。それは即ち、あの夢を見ても熟睡していたことを物語っていた。


「…………朝」


 そう小さく呟き、瞬きをした途端、オレの目元から頬へと一滴の雫が零れ落ちる。


 しかし、それだけだった。


 いつもであればあの悪夢を見た瞬間に、過呼吸のような症状を起こして飛び起き、必然と辺りを見渡してしまうのに……今日に限っては、これだけだった。息が辛くなることもない。そして、飛び起きることもなく、ゆっくりとベッドから身体を起こした。

 ……こんなこと、初めてだ。


「……あの日のこと、ほとんど覚えてないけど。あの人、誰だったんだろ」


 悪夢の続き――そう言った方が適切かもしれない。

 あの日、時刻は夜中10時を過ぎ、光源の少ない公園をわざわざ通って行こうとする物好きなんて、早々いなかったはずだ。なのに……夢に出てきた顔も名前も知らないあかの他人さんは、オレのことを見つけて、助けてくれた。


 出来事が出来事だったために、オレ自身も忘れかけていた。

 あんな目に遭ったはずのオレがどうして病院で意識を取り戻したのか。それは簡単、オレを助けてくれた人が居たからだ。


 夢に見る景色は、オレ自身の体験、そして記憶だ。忘れたくても忘れられない。人生の全てが変わったあの事件を、眠る度に疑似体験として蘇る。だがそれはいつも、泣き叫ぶ過去の自分を思い出して途切れていた。


 だからいつも出てくることは無かった。

 あのとき、オレを助けてくれた人は、悪夢を見る度に上書きされ続け、危うくオレ自身が忘れるところだった。……でも、たとえ夢だからと言っても、蘇るのは体験譚のみ。あのとき確認しなかった顔も名前も当然思い出すことはない。いや、不可能なんだ。


「……誰、だったっけ。あの感じ、何か知ってる」


 泣き崩れたオレに伸びてきた、あの優しい手。


 つい数分前まで味わっていた痛覚も、声も、何もかもを消し去りたくて、必死に泣き崩れていたオレを何も言わずに抱き締めてくれた。


 思い出したのは良かったけど、どうして今になって、あの日の続きを見たんだろう。

 もう、あれから5年も経ってるというのに……。

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