第10話 わんわんお①
トレーニング会場(家)の扉を開けると──。
目に映るは、従順なワンコポーズ(伏せ)で出迎える楓の姿。
開放された第二ボタンの隙間から豊満に実り実ったGが床に押しつぶされていた。
と、次の瞬間──バウンドするようにGが床から離れると、勢いよく! 腰を下ろした状態で爪先立ちをし、派手に揺れるGとともにちんちんのポーズを取った。
「ワンワーンッ!」
待ってましたと言わんばかりの元気な鳴き声。
──素晴らしい! パーフェクト!
妹のやる気みなぎる姿勢を前にして、ライオン使いとしてのスイッチが即座に入る。
「遅くなって悪かったな」
あえて悪気はなさそうにして、素っ気なくする。
本来の俺であれば、申し訳なさそうな雰囲気を全開にして謝る場面。
しかし今の俺はライオン使いだ。
弱い姿を見せればたちまち、飼い犬に手を噛まれる事態にだって成りかねない。なにより楓が求めるトレーニングは〝怒りっぽい性格を直すこと〟にある。
ならば怒らせるつもりで、それでいて怒らせない。
この絶妙な駆け引きが、ライオン使いである今の俺には求められている。
さぁ、どうだ楓! 従順なワンコポーズで出迎えられたのだから、これくらい我慢できるはずだ!
すると予想は的中。楓は怒るどころか、むしろ反対に──。
「ほんとだよ~! 待ちくたびれちゃったじゃん! ねぇ、はやくしよっ?♡ ワーンワン♡」
ポーズはちんちんのままで、可愛らしく首を傾げてみせた。
さすが楓。今のお前なら簡単に乗り越えられると思っていたよ。
なんてったって、楓の額には汗が滲んでいるからな。
さらには、足元にスクールバッグが置かれている。
それは家に帰ってきてすぐ、ワンコポーズを開始したことを現している。
着替えるわけでもなく、自分の部屋に行くわけでもなく、それこそトイレに行くわけでもなく──。
つまり俺と楓の気持ちは今、100%シンクロしている。
〝一秒でも早くトレーニングを開始したい〟
この気持ちの前では、これしきのこと乗り越えて然り。
だからこそ──。
ここから先、耐えられるかどうかは運任せだ。
「悪いが俺はトイレで用を足してくるから、楓は体操着に着替えて俺の部屋で待っていてくれ。伏せのポーズ、忘れんじゃねえぞ?」
トイレに篭っていなければ、母さんから自転車を奪い去ったことへの辻褄が合わない。一秒でも早くトレーニングを開始したいところだが、こればかりは仕方がない。
「……は?」
楓は眉間にシワを寄せると不快感をあらわにした。
だよな。待てを続行されたら怒りたくもなるよな。
この場合、トイレとトレーニング、どっちが大事なの? ってことと同義だ。
もちろんトレーニングのほうが大切だ。そのためなら、尿意のひとつやふたつ催してしまっても構わないとさえ思っている。
だが、今回ばかりはそうもいかない。
辻褄が合わないんだ。母さんから自転車を奪い取ってしまったから……。
ここは多少、強引だとしてもライオン使いとしての振る舞いで押し切る!
「うるせえ! 四足歩行で階段を駆け上がり、体操着に着替えて俺の部屋のベッドの上で伏せをして待ってろ! わかったら行け! ハァーウスッ!」
頼む、楓……。
「ワンワンッ!」
さすが楓。昨日はあれほどまでにハウスの聞き分けがなかったのに、今日は一発だ。一日でこれほどまでに成長してしまうとは。
世間一般のワンコとは出来が違う!
「よし。じゃあ吠えながら階段を登れ! GOGO!!」
「ワンワンワンワンワンワンッ!」
えらい。えらいぞ楓!
これはあとでビーフジャーキーと骨っこをご褒美としてあげないとな。
こんなときのために、汗拭きシートと一緒に買っておいて正解だった。
さてと、俺はトイレにこもるか。と思ったそのとき!
元気よく階段を四足歩行で駆け上がる楓のお尻姿に、奇跡を見た。
「──────ッ」
あぁ、なんてことだ。こんな奇跡が起こってしまっていいのだろうか。
〝パステルブルー×水玉模様〟
それは紛れもなく、今朝登校して一番に視界に食らわされた『三連撃』と遜色ないデザインだった。
今日はなんのことなしに乗り切れたけど、次はわからない。
なぜならあれは完全に無自覚だからだ。次は四連撃、五連撃があっても不思議じゃない。お菓子の強奪の数だけ、チラリと舞う──。
だったら目に焼き付けろ。こればかりは完全に事故だ。まさかにも見せろとは命令できないのだから。
「ワンワンワンワン………………」
あぁ、見えなくなってしまった。
でもこれで、十連撃までなら耐えられる確たる自信がついた。
ありがとう楓。この恩は、必ずトレーニングで返すからな!!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しかし──。
母さんをやり過ごしトイレから自分の部屋へと戻った俺は愕然とする。
ベッドの上で伏せをして待っている楓の姿は…………制服だったんだ。
どうして、お前……。体操着に着替えていないんだよ……?
従順なワンコだと思っていた。でもそれは、ほんの少しだけ違ったことを、すぐに思い知ることになる──。
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