第百八十二話 マリー・エドワーズは着替えて絵本を探す



マリーはナナに抱きかかえられて、真珠と共にレーン卿が子どもの頃に使っていた部屋に戻ってきた。

真珠も一緒だ。

レーン卿はマリーと話したそうにしていたが、侍女長に窘められ、彼の母親にユリエルが目覚めたことを知らせに行った。


ナナはマリーと真珠に部屋で待つように言って部屋を出て行き、マリーの着替えと靴、化粧箱等を持って戻ってきた。

そしてナナは、マリーにレーン卿の母親であるレイチェルが幼少期に着ていたフリルがふんだんについた可愛いワンピースドレスと靴下、そして白いパンプスを身に着けさせた。

マリーは自分が着ていた寝巻をアイテムボックスに収納する。

それから、アイテムボックスから『白薔薇蜘蛛糸のリボン』を取り出してナナに視線を向けた。


「ナナさん。あの、リボンを髪に結んでもらってもいいですか?」


「もちろん、させて頂きます。喜んで」


マリーは椅子に座り、ナナはブラシを手にしてその背後に回り込んだ。

それから、マリーから『白薔薇蜘蛛糸のリボン』を受け取り、ヘアバンドのようにマリーの髪をリボンで彩る。


「わうーっ。わんわんっ」


真珠はワンピースドレスを着てリボンをつけたマリーを見つめて、嬉しそうに尻尾を振った。


「真珠。私、似合う?」


「わんっ!!」


「マリーさん。とっても可愛いですよ」


真珠とナナに褒められたマリーは嬉しくて照れ笑いした。

できればこの姿のマリーを一番最初にユリエルに見てもらいたかった……。

主人公キャラでの初対面がお互いに寝巻姿。でも、子ども同士だからセーフだろうか。


「では、私は侍女長にマリーさんと真珠さんの今後の予定を伺ってきますね。マリーさんと真珠さんは部屋でお寛ぎください」


ナナはマリーと真珠に一礼して部屋を出て行く。

要との待ち合わせがあるので焦っていたが、ユリエルが要だとわかったのでもう焦る必要はない。

部屋に残されたマリーは、真珠と視線を合わせて口を開いた。


「私と真珠、暇になっちゃったね。どうしようか? 本棚にある本とか読んでみる?」


「わんっ」


真珠の同意を得たマリーは角が丸くなっている本棚に向かった。

子どもでも手が届く高さの書架なので、マリーでも手が届く。

マリーは書架に並んでいる本の背表紙のタイトルを心の中で読み上げながら読む本を探す。

背表紙のタイトルは日本語で書かれているのでマリーにも読める。

日本語メインのファンタジーVRMMO『アルカディアオンライン』は日本語を話せる日本人や日本在住のプレイヤーに優しい仕様で素晴らしい。


『赤ずきん』は……ダメ。悪い狼が出てくるから真珠が悲しい気持ちになってしまうかもしれない。

『七匹の子ヤギ』も……ダメ。悪い狼が出てくるはずだ。たぶん子ヤギが狼をやっつけていたと思うけれど、狼がやられてしまうのはダメ。

真珠が悲しい気持ちになってしまうかもしれない。


「『桃太郎』とかないのかなあ……」


『桃太郎』は桃太郎のお供になった犬が猿や雉と一緒に悪い鬼を退治する物語だ。

きっと真珠も楽しめるだろう。

でも書架には西洋の童話のタイトルしか見当たらない。

マリーは迷った末に『北風と太陽』を手に取った。

これなら、真珠が悲しい思いをしないで楽しめるかもしれない。


「真珠。本を選んだから、椅子に座って一緒に読もうね」


「わんっ」


マリーはテーブルにある子ども用の椅子を引いて座り、真珠はマリーの膝の上に飛び乗る。

マリーは本を開いて、声を出して読み始めた。


「北風と太陽」


真珠はわくわくしながら読めない文字を追い、マリーの声に耳を澄ませる。

むかしむかし、とある場所にいた、コートを着ている旅人のコートを、北風と太陽のどちらが脱がせることができるのかというお話だ。


「真珠は北風と太陽、どっちが旅人のコートを脱がせることができると思う?」


マリーに問いかけられて真珠は考える。

北風は強い風を吹かせる。だから旅人のコートが脱げて飛んでいくかもしれない。

でも太陽は? 太陽はただ、空で光っているだけだ。

真珠は考えて、そして答えを口にする。


「わうわおっ」


「北風?」


マリーが真珠の意志を確認するために北風の絵を指で指し示して問いかける。


「わんっ」


真珠が肯くと、マリーは真珠の頭を撫でて微笑んだ。


「そっか。真珠は北風が勝つと思うんだね。私が一番最初に『北風と太陽』を読んだ時はどっちが勝つと思ったんだっけ……?」


物思いにふけるマリーの邪魔をせず、真珠がおとなしく待っていると扉をノックする音がしてナナが部屋に入ってきた。


「マリーさん。真珠さん。お茶の準備が整いましたので、お越し頂きたいとのことです」


ナナにそう言われ、マリーは本を閉じた。


「ぎゃうんっ!!」


『北風と太陽』の話の続きを聞くのを楽しみに待っていた真珠は悲しくなって吠えた。


「あ……。真珠は本の続きが知りたいよね。じゃあ、この本を貸してもらえるようにレーン卿にお願いしてみようね」


「わんっ」


レーン卿はマリーにブーツやリボンを無料でプレゼントしてくれた太っ腹なセレブだ。頼めばきっと、本を貸してくれる。


「ナナさん。この本、持って行ってもいいですか?」


「私の一存ではなんとも言えないですけど、でもマリーさんなら大丈夫ではないかと思います」


ナナの頼りない返事に不安になりつつ、マリーは『北風と太陽』の本を持っていくことにした。


「ではご案内しますね」


マリーと真珠はナナに案内されて部屋を出た。


***


若葉月21日 夜(5時46分)=5月8日 14:46



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る