第七十一話 マリー・エドワーズは強制ログアウトを回避したい



「マリーちゃん。それはすごく良い考えだわ。クソ錬金術師ギルドマスターをこの世から抹消しましょう……っ」


ヤナはマリーの錬金術師ギルドマスター暗殺の提案を気に入った様子で、満面の笑みを浮かべて言う。

嫌いなNPC、邪魔なNPCをざっくりキルしてすっきりするのはゲームの醍醐味!!

長編RPGでは嫌いなキャラや勝手に行動をしてプレイヤーに迷惑をかけるキャラが仲間面をしてもキルどころか追放することもできないし、男子主人公のギャルゲーで、主人公は無害な上に何も悪いことをしていないのに初対面からバカにして罵倒してくる系の攻略対象女子キャラに言い返すこともできないことが多い。

でも『アルカディアオンライン』はNPCキルが可能な仕様だ。ムカつくキャラは躊躇なくヤってしまえばいい。


「ヤナさん。マリーさんの冗談に乗っかってはいけませんよ」


レーン卿がヤナを窘め、ヤナは肩を竦めた。

冗談にされてしまった。本気なのに……。

マリーはがっかりしてため息を吐いた。幼女一人で暗殺を決行できるとは思えない。

それぞれが沈黙して応接室が静かになったその時、扉をノックする音がした。

ヤナが席を立ち、扉を開ける。


「ウェインくん。作業は終わったの?」


ヤナが扉をノックしたウェインを応接室に招き入れながら問い掛ける。


「はい。クッキーと紅茶、ごちそうさまでした。カップと皿と鍵はカウンターにいた男の人に返しました。作業室の片づけもやりました」


ウェインはそう言った後、マリーに視線を向けた。


「マリー。朝早くから連れまわしたから、眠くなっただろう? 家まで送るよ」


別に眠くない。プレイヤーは状態異常『睡眠』にかからなければ眠くならないはずだ。

でもウェインが意味がないことを言うはずがないと思ったマリーは話を合わせることにした。


「ありがとう。ウェイン。実はちょっと眠かったの」


「そうなの? マリーちゃん。無理に話に付き合わせてしまってごめんなさいね」


「いいえ。お話が聞けてすごく楽しかったです」


「マリー。俺が抱っこしていくよ」


ウェインは真珠を抱っこしたマリーを軽々と抱き上げた。

ヤナとレーン卿が目を見張る。10歳の華奢な少年が5歳の少女と子犬を抱き上げる様に驚いたようだ。


「それでは失礼します」


「失礼します」


「わうわうぉん」


ウェインとマリー、真珠はそれぞれに挨拶をして応接室を出た。

ウェインはマリーと真珠を抱いたまま、階段を駆け下りる。


「ウェイン。私、自分で歩けるよ」


「マリーの速度に合わせていたら時間がヤバい」


「時間?」


「リアルではたぶんもうすぐ昼時だと思う」


「えっ。もうそんな時間なの……っ!?」


「俺も作業室で懐中時計を確認して驚いた。強制ロ……じゃなくて強制的にゲーム終了させられるとまずいから、とりあえずロールプレイしているマリーだけでも家に帰そうと思って」


「ありがとう。ウェイン。でも時計とか持ってたんだね」


「無いと不便だから買った。けっこう痛い出費だった」


マリーと真珠を抱いたウェインは薬師ギルドを出て『銀のうさぎ亭』に向かい、疾走する。


「ウェイン。速い!! すごい!!」


「わうんっ!!」


「AGI値を上げた成果だぜっ。まだまだ上げて目にも止まらぬ速さってやつを目指すけどな」


「私も頑張ってAGI値を上げたらウェインみたいに速く走れるようになるよねっ」


「まあ、うん。そうだな。AGI値3から鍛えるのは大変そうだけど頑張れ」


「ウェインだって種族レベルが1の時は能力値が低かったんでしょ?」


「ウェインの初期AGI値は15だった。種族レベルは5」


「なにそれ!? ずるい!!」


「サポートAIに主人公キャラの初期能力値とスキルを確認して選んだからな」


「ええ……。サポートAIさん、ひどい。ひいき」


「たぶん確認すれば教えてくれたと思うよ」


「私が選ばなかったらマリーが死んじゃうってわかったから、能力値とか関係なくマリーを選んでいたけどね……」


マリーがため息を吐いた直後、ウェインは『銀のうさぎ亭』に到着した。


「すごい。もう着いちゃった」


ウェインは真珠を抱っこしたマリーを地面に下ろして『銀のうさぎ亭』の扉を開けた。


「強制的にゲーム終了になる前に、さっさと終わりにしろよ」


「うん。ありがとう。ウェイン」


マリーはウェインに礼を言って、真珠を床に下ろした。


「じゃあ、またね」


「またな。リアルでメッセージ送るから、後で確認して」


「わかった」


「真珠もまたな」


「わうんっ」


ウェインはマリーと真珠に手を振って去っていった。

宿屋のカウンターには祖父がいて、マリーと真珠を出迎えてくれる。

マリーは遊び疲れて眠くなったから部屋で寝ると祖父に言って、真珠と段差の大きい階段を上った。


ベッドがある部屋に入る。

父親も母親も働いているので、部屋には誰もいなかった。

マリーが真珠を抱き上げようとすると、真珠は後ずさりする。


「真珠。抱っこしてあげる。ベッドにいくよ」


「くぅん……」


真珠は困ったように自分の前足を見た。


「もしかして、足を拭いてほしいの?」


「わんっ」


真珠は汚れた足でベッドに乗ることをためらっているようだ。

賢くて可愛い。

マリーはアイテムボックスを確認して、布巾を取り出した。


「今は乾いた布巾しかないから、これで足を拭くね」


「わんっ」


マリーは真珠を抱っこしてベッドの上に仰向けに寝かせ、乾いた布巾で足を拭いた。

真珠は足を拭いてもらったことに満足したようで、いつものようにうつ伏せになる。

マリーは自分の机に歩み寄り、採取袋を外して置いた。採取袋に入れていた飲みかけの初級魔力回復薬をアイテムボックスにしまう。


「あ。バッジも外さないと」


マリーは勇気のバッジを外してアイテムボックスにしまう。

それから、畳んだ寝巻に着替えるか迷ったが、一度脱いだ寝巻を着るのがなんとなく嫌だったので、寝巻と真珠の足を拭いた布巾を椅子の上に置き、洋服を着たままベッドにもぐりこんだ。


「真珠。おやすみ。またね」


「わうー。わうん」


「リープ」


マリーの意識は暗転した。


***


若葉月5日 昼(3時55分)=5月4日 11:55



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