第9話 トレーニング
僕とモモチヨさんがバディとなってから二週間。
始業前に行うトレーニングはすっかり二人のルーティーンになっていた。
二人で距離を取って向かい合う。
モモチヨさんはコンポジットボウに矢をつがえ、わざと潰した矢じりで狙いを定めている。その標準の先に居るのはもちろん僕だ。
僕はピンと張り詰めた弦のように神経を研ぎ澄ませ、握った槍に力を込める。
「シッ!」
弓から矢が放たれる速度は、おおよそ目で追えるようなものではない。大事なのはその予備動作に反応すること。この二週間でモモチヨから教わったことの一つだ。
ほとんど無意識的に、けれど必死に腕を動かす。
甲高い金属音と共に腕を伝う強烈な衝撃。痺れはあるが、痛みはない。
僕の杭打槍はモモチヨさんの矢を弾いていた。
「やった! やった! やりましたよ! モモチヨさn……」
反射神経を鍛えるためにと始まった訓練での、初めての成功。
僕が無邪気に喜んでいる間に、モモチヨは得物を訓練用の短剣に持ち替えて、すぐそばにまで迫っていた。
そのまま喉元に刃を突きつけられた僕は、両手を上に挙げるしかなかった。
「参りました……」
「まだまだね。一撃を凌いだからって油断しちゃダメだよ? 怪我はないみたいだけど、槍の方は大丈夫?」
「はい、多分」
念のため槍を確認してみるけれど、特に痛めたような様子はない。
「良かった~。正面からぶつかったから心配してたんだけど」
「丈夫だけが取り柄ですから」
実際、これまで、どんな扱いをしても、杭打槍が壊れたり、傷ついたことは一度もない。
使い勝手もイマイチわからない状態で持ってきた槍だったけど、おそらく優秀な武器なんだろう。まだまだ駆け出しの使い手とは違って。
「なかなかすぐには強くなれませんね……」
「いやいや、さっきのもかなり良かったじゃん。まだまだ伸びしろがあるわけだし、腐らず続けていこ? あきらめないことが一番大事だよ」
「それならちょっとは手加減してくれても」
「矢じりは潰したじゃん」
モモチヨさんはケロっとした顔でそう言ってのけた。
見ての通り、彼女の訓練方針は結構スパルタだ。
元々めちゃくちゃ鍛えてはいなかった僕からすると、彼女が用意したメニューはかなり厳しくて、言い渡されていたノルマをこなせない日もあった。
そんな時も、モモチヨは怒らない。
その代わり、翌日のノルマを減らしたりは絶対にしなかった。
けれど、そのノルマやメニューは、僕にとって決して”無理”なものではない。出来なさそうだけどできる、そんなギリギリのラインを彼女はきっちり見極めていた。
正直、ちょっと怖い。
「モモチヨさんはすごいですよね。今でも強いのに、自分にも厳しくて……。こっちはいつになったら先生に認められるくらいに強くなれるのかわかりませんよ……」
「あぁ~、そんなこと気にしてたんだ」
「そんなことじゃないですよ! 昨日もオチバ先生から『最近モモチヨさんと仲良くしてるみたいで嬉しいわ』とか言われてしまったんですよ!」
「私も聞いてないんですけど!? えっ、ちょっと恥ずかしいやつじゃん……。わざわざ私に言わないでよね」
「え、あ、すいません」
モモチヨさんは顔を隠すように、左手で自分の頬に触れた。
なんだか申し訳ない。
「とにかく! 僕がオチバ先生の眼中に入っていないのは明白……な……わけですよ……」
「自分で言って落ち込まないでよ。忙しいなぁ。もう、さっさと告白しちゃった方が早いんじゃない?」
「はぁ……、モモチヨさんは乙女心、いや
「はいはい、どうせ私にはわかりません~。ほら、今日の自主練は終わりでいいから、さっさと職員室に行ってきなさい! バディ命令!」
「……水浴びしてきてもいいですか?」
「お好きにどうぞ!!」
彼女がそう言って僕の背中を叩いた時、始業の鐘が鳴るまでそう時間は残っていなかった。きっとシャワーを浴びたらギリギリだろう。職員室を訪ねる時間はないに違いない。
そこまで考えて、少しホッとしている自分が、少し嫌になりそうだった。
結局、職員室の扉を叩いたのは、終業後、それも日が暮れかけた頃だった。
実は、もっと前に職員室前に着いてはいたんだけれど、中々扉を叩く勇気が足りなかった。決意を固めるのにも時間が必要だったんだ。
「あら、どうしたのネイスミス君?」
僕が扉を叩いたのとほとんど同時に、中からオチバ先生が出てきた。カバンを肩に掛け、上着を羽織っている。どうやら帰り支度を済ませた後のようだった。
「もしかして私に何か用事?」
「い、いや、そのですね……オチバ先生は帰りですか?」
「うん。そうだよ。ウム先生に挨拶してから帰ろうかなって」
僕はその場に凍り付いた。
固まっていたと思っていた決意が一瞬で揺らぐ。
「一緒に行く?」
「……いえ、今日は遠慮させていただきます。すいません」
「全然謝る必要ないよ? また明日ね。さようなら」
オチバ先生は特別教室の方へと足を向けた。
しばらくの間、僕は足が石になったみたいに動けなかった。
すっかり外が暗くなった後、重い足を引きずるようにして、古麦亭へと帰った。
今日は疲れた。明日からはもっと頑張らなくちゃいけないのに。
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