第298話 絶望と希望(第三者視点)

「はぁ……はぁ……もう無理ですよぉ……」


 白を基調とした神官服を今日も体に張り付けて汗だくなって作業をしていたノエルが疲労の余り、握っていた杖を取り落とし、その場にへたり込む。


 息も絶え絶えで、その顔には疲労の痕が滲み出ており、日々の労働の過酷さを物語っていた。


「おっと、いいんですか?またあなたのせいで人が死にますよ?」


 その様子を見ていた兵士が狂気の笑顔を貼り付けてノエルの背後から彼女の耳元で囁く。


 数日前にノエルが交渉しようとした結果、一人の現地人が殺された。


 殺したのは後ろに居る兵士たちの一人であるため、ノエル自身は本来であれば何も悪くない。しかし、ノエルは独特な世界感を持つ人間だが、心優しい性格だ。そのため、一人の人間の死を今も自分の責任だと感じている。


 兵士はそれが分かっているので、追いつめるように囁くのだ。


「くっ……卑怯者……ですよ……」


 バッとその場から飛び退いて振り返り、兵士を睨み付けるノエル。


 本来であればそのようなことをする人間ではないのだが、徐々に追いつめられてきて兵士に対する憎しみが増しているせいか、心が荒んできていた。


「なんとでも言ってください。私達も心を痛めているのですよ?国民全体の生活と言う大を守るために、仕方なく小を犠牲にしているのです。それに、それはあなたがきちんと働けばなくなることじゃないですか」


 ノエルを攫ってきて無理やりに仕事をさせているにも関わらず、自分たちの無能を棚に上げ、食料難の責任をノエルにかぶせようとする。


「くっ………………………………分かったですよ……」


 ノエルは俯いてしばらく沈黙した後、観念したように返事をして杖を支えにして無理やり立ちあがる。


「ふふふふっ。そう、それでいいんですよ。それではどんどん畑を広げて、成長促進の魔法を掛けていってくださいね?人員はどんどん増やしていってますから」

『くくくくくっ』

 

 兵士はフラフラになりながらも懸命に立ち上がり、再び仕事をしようとする姿をみながらニッコリと笑った。その周りの兵士たちも嘲笑うように見下していた。


 まるでただの食料生産の機械だとでも言いたげに。


「チェンジフィールド!!」


 ノエルは悔しさを押し殺し、魔法を唱える。


「くっ……」


 魔法の途中で意識が飛びかける。


 流石に聖女と謂われるノエルと言えど、膨大な魔力があるとはいえ、魔法をずっと使い続けることはできない。


 それに、チェンジフィールドやグロウの魔法は範囲や効果持続時間などによって消費魔力が大きく変わる。


 現地人が殺されてからノエルは最大効率で魔法を使用させられていた。もう殆ど魔力がない中、それを使用すれば、通常は魔法を使えなくなるだけなのだが、ノエルには特殊なスキルがあったため、魔力が無くなっても魔法を使用できた。


 生命力変換。


 それは魔力がなくなると、その代わりに生命力が代用されるというスキルだ。有用なスキルであるのだが、今回のような場合は逆に自分がどんどん追い詰められていく。


「はぁ……はぁ……」


 今日何度目かであるチェンジフィールド。エジプトで行使した十倍である十ヘクタールの荒野を畑に変え、意識が朦朧とする。


「グロウ!!」


 しかし、それでも止めることなく次の魔法を唱える。


「ぐぅうううっ……」


 体から否応なしに抜けていく生命力。それは全身から血が抜け出て行って徐々に体温を失い、意識が遠くなり、周りの声も聞こえなくなり、やがて視界さえ失われていくような感覚。


 即ち死が迫ってくるような恐怖を味わいながらもノエルは魔法の行使を止めることはなかった。


 それはノエル自身の性格もあるが、偏に日本のアニメ教育の賜物である。


 主人公は絶対諦めない。


 その気持ちが彼女を支えていた。


 そして、きっと諦めなければいつか誰かが助けに来てくれる。何の根拠もないが、そう信じていた。


「おい!!なんだあれは!?」

「分からん!!」

「何かの前触れか!?」

「どこかの国の平気か!?」


 ノエルは意識が朦朧としながらも魔法を行使し続けていたが、突然回りの兵士が慌ただしくなる。霞む視界の中、兵士が見ている方を見ると、そこにあったのは宇宙に向かって真っすぐに伸びる光の柱であった。


「あ、あれは……勇者召喚の光?」


 ノエルにはあの光をよく見た覚えがあった。


 そう、アニメで良くある召喚によく似ていたのだ。幾度となく見過ぎて現実と空想の境も分からなくなるほどに。


「やっぱり……ヒーローは来てくれるですね……」


 その光を見たノエルは安堵する。


 そのまま意識も遠のきそうになるが、唇をかみ切って痛みで意識を覚醒させた。


 近いうちにヒーローが助けに来てくれる。それまでは絶対あきらめない。


 そう強く決心し、覚悟の決まった表情になって魔法に力を籠める。


「聖女様?私たちは用が出来たので帰りますね。その魔法が終わったら休んでもらって構いませんよ。あ、それとこれは今日の分の食事です」


 兵士のリーダーが平静を装ってノエルに食事を渡し、最低限の兵士を残して去っていった。


「早く助けに来てくださいですよ……勇者様」


 ノエルは魔法を行使しながらそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る