第280話 聖者
海岸にいた人間の多くが俺に向かってマジで平伏し始め、現地の人以外の視線が俺に集まる。
「ちょっと、止めてください!!」
気まずいことこの上ないので、俺はすぐに土下座を止めさせようとした。
しかし、中々やめてもらえず、その場が騒然となったんだけど、こっちも拝み倒したら、やっとやめてくれた。
流石に聖者様に頭を下げさせてしまうのも申し訳ないとかなんとか……。
だから俺は聖者じゃない。
「聖者様、どうか我々の宴へ参加していただけないでしょうか?」
なんとか普通に対応してもらえるようになった後、一人の老人からそんなことを言われた。
なんでもこの辺りには、数千年後、再び海を割る聖者現れるだろう、という言い伝えが残っており、今日はその予言の通りに俺がやってきた。
これは慶事の前触れだということで近くの村に人を集めて宴をするという。その宴に当事者である俺にも参加してほしいとのことだった。
老人は村の村長だという。
まぁ歓迎されるのは悪い気はしないし、態度もさっき程畏まったというか、遜った感じじゃ無くなったから参加してもいいと思う。次に平伏して遜った対応をしたら、俺も平伏するからな、と脅した甲斐があったらしい。
「分かりました。俺達全員で行っていいんですか?」
「それは勿論です。聖者普人様の奥様方者であれば、なんの問題もございません」
俺の質問に答える村長だが、圧倒的な勘違いをしていた。
七海は妹だし、シアは保留中なのであながち勘違いとも言えないけど、天音と零に関してはそう言ったそぶりはない。
あくまでうちの親とも仲が良くて、一緒にダンジョンに潜るパーティメンバーであり、買い物に付き合って荷物持ちしたり、お願いを聞いて一緒に泊りがけで調査をしながら旅行したりして、スケスケバスルームのある同じ部屋に一緒に泊まる程度の仲だ。
うんうん、何も問題ないな。
「いや、そういうんじゃないですからね?」
「分かってます。分かってますとも」
とても健全な関係であることを再認識して村長の認識の違いを正そうとしたんだけど、村長は全てお見通しですよ、みたいな表情でウンウンと頷いた。
これ絶対分かってないな。
「お兄ちゃんのお嫁さんだなんてそんな……♡」
「ん。私はふーくんの嫁」
七海は頬に両手を当ててイヤンイヤンと体をくねらせ、シアはアホ毛でハートマークを鼓動させるにような動きを刺せながら堂々と勝手に宣言をした。
七海はなんで満更でもない、みたいな顔をしているんだ?
俺に妹を恋愛対象としてみる気持ちは一辺たりともないぞ?
それにシアもまだ付き合ってさえもいないからな?
「わ、私は別に普人君の奥さんとかじゃないけど、パ、パーティは楽しそうだから今日だけ嘘に付き合ってあげてもいいわよ」
「わ、私じゃ佐藤君とは年齢的に釣り合わないかもしれないけど、今日くらいそう見られることは多めに見てあげるわ」
天音と零は恥ずかしそうにそっぽを向きながら、今日だけは奥さんとして振る舞う腹積もりらしい。
しかし、そんな恥ずかしそうな思いをしてまで宴に行ってみたいとはな。そうならそうと言ってくれたらいいのに。
それぞれの態度はともかく、とにかく全員宴に参加することは乗り気らしい。
「分かりました。俺達は問題ないとしてこいつらは?」
「はい。この者達は元々この辺りに住む兄弟ですからね。私も知っている家族ですし、特に参加しても何も問題ありません」
なるほど。スコーピオンブラザーズは元々現地の人なので、参加してもいいようだ。
『ありがとうございます』
村長の許可に頭を下げるスコーピオンブラザーズ。俺達はその後、村長の家に案内され、宴が始まるまで歓談することとなった。
数時間後、宴の準備が整ったらしく、俺達も家の外に移動する。
『うぉおおおおおおおおお!!聖者様が姿を現されたぞぉおおおおお!!』
俺が外に出るなり、大勢の人間が目に入る、というかもはや人気アーティストのライブみたいな人数が目の前にいる。
数百どころか、数千はいる気がする。
いったいどこからこんなに集まってきたんだ?
「近隣の村々にも呼びかけましたので、そのほとんどの者がここに集結しました」
そんな俺に気持ちを知ってか知らずかそんなことを言う村長。
どう考えても集め過ぎでしょ。食事とか物資類は大丈夫なんだろうか。
「それではこれより、聖者様が再臨された再臨祭を執り行う。ここ最近世界はダンジョンのスタンピードによって莫大な被害を受けたが、聖者様が再臨された以上何も心配することはない。全て聖者様がどうにかしてくれる。お前たちは安心して暮らすが良い。ここで聖者様より、お言葉を賜る。心して傾聴せよ」
俺の心配など露知らず、村長によって唐突に話が始まり、聖者に対する大きすぎる期待とともに俺を紹介され、挨拶をするように促された。
集まった住民たちが全員俺に注目する。
うわぁ……これはキツイぞ……。
民衆の懇願する様な眼差しが非常に重い。
でも、村長からも期待の眼差しが凄いしなぁ。
もうこうなったらやけだ!!
「皆さん、良く集まってくれました。私は聖者だと紹介されましたが、ただパンチで海を割っただけなので、未だに信じられない気持ちでいっぱいです。私に出来ることはそう多くはありませんが、出来る範囲で力の限りを尽くしたいと思います。特にモンスターの脅威に関してはご協力できると思うので安心してください。ラック!!」
「ウォンッ!!」
『うぉおおおおおおおお!?』
俺はあいさつした後でラックを呼び出した。
突然現れたラックに村の広間にいた人間達は驚きで叫び声をあげる。
「この子は俺の従魔でラックと言います!!この子は影の分身をたくさん出せますので、もしスタンピードが起こったり、その残党のモンスターがいれば排除してくれるでしょう。他にも何か手伝えることがあれば、無理のない範囲であれば指示に従うように言っておきますので、仲良くしてやってくれたら嬉しいです。以上です」
『うぉおおおおおおおお!!』
そして俺がラックを紹介して挨拶を終えると、会場はひと際沸き起こった。
どうやらモンスターの脅威は彼らにとって非常に大きな問題の一つだったようだ。それをどうにか出来ると聞いて思わず興奮して叫んだらしい。
「聖者様、ありがとうございます。やはり私の目に狂いはなかった。あなたはやはり聖者様です。皆の者!!ここからは無礼講じゃ!!存分に飲んで食べて歌って騒げ!!」
隣にいた村長が俺に向かって頭を下げた後、再び民衆に向かって叫んだ。
やけだったけど、なんだか物凄く感謝されてしまった。
まぁ少しでも役に立てたならいいか。
俺が凄いわけじゃなくてラックが凄いだけだけどな。
『うぉおおおおおおおおお!!』
民衆のひと際大きな叫び声とともに宴が始まった。俺達は滅茶苦茶目立つ席に案内され、歓待されながらエジプト料理を堪能した。
「聖者様」「聖者様」「聖者様」「聖者様」「聖者様」「聖者様」……。
皆から"聖者"と言われすぎて否定するのも悪いと思って放置していたら、"兄貴"とは違って訂正するタイミングを失ったのは言うまでもない。
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