第36話



「で、子供はどこにいるんだ?」


「ちょっと、待て。今から産むから」



 デカ蜘蛛はそう言うと、こちらに見えないように後ろを向き始めた。しばらくして蜘蛛がこちらに向き直ると、前脚を器用に使って球状の物体を俺の目の前に置いた。



 謎の物体Xが置かれてすぐにそこからデカ蜘蛛を小さくしたような姿の蜘蛛が現れた。



「シィー」


「こいつが試練の子供か。こいつに気に入られればいいってわけだな」


「そうだ。ではこの瞬間をもって試練開始とする」



 デカ蜘蛛がそう宣言すると同時にウインドウが表示され、試練開始の文字が銅鑼の効果音と共に告知される。些か仰々しい演出だなと思いつつも、とりあえず目の前の小さな蜘蛛を観察する。



「シィー?」


「……」


「シィー」


「お手」



 こちらを窺う様子がまるで子犬が首を傾げている雰囲気に似ていたので、思わずその言葉が口を付いて出てしまう。その瞬間デカ蜘蛛も俺の行動に困惑している様子だったが、俺のやっていることを止めはしないようだ。



「シ、シィー」


「おかわり」


「シィー」


「よーしよしよしよしよしよしよし」



 俺のお手に対し、戸惑いながらも指示に従って脚の一本を俺の手に置く。矢継ぎ早におかわりと言いながら反対側の手を出すと、これも同じように手に脚を置いたので、ここでとある動物研究家のように子蜘蛛の頭部をこれでもかと撫でまわす。



 すると再びウインドウが出現し、今度は“テッテレー”という効果音と共に合格の文字が表示された。意外と呆気ない結末だなと思っていると、今まで黙っていたデカ蜘蛛がこの結論に抗議の声を上げた。



「解せぬ。まさかこんな形で試練をクリアしてしまうなどありえん!」


「でも、合格って出ているじゃないか?」


「やり直しを要求する」


「そんなご無体な」



 いくら試練を出した張本人とはいえ、試練のルールには何ら抵触していないのだから合格にしてくれてもいいのではと思ってしまう。そのことを抗議しようとしたその時、子蜘蛛がいつの間にかデカ蜘蛛によじ登っており、デカ蜘蛛の目に向かって攻撃してきた。



「おお、こらこらなにをするんだ我が子よ」


「シィー」


「なに、こいつを合格にしろというのか?」


「シィー」


「……そこまでいうのなら仕方がない。この試練合格とする」



 なんだか俺が抗議する前に子蜘蛛がデカ蜘蛛に話を付けてくれ、結局は合格となった。



 そして、試練に合格した報酬として【蜘蛛の糸】を手に入れることができた。これで新たに作ることのできる品物が増えることを内心で喜んでいると、デカ蜘蛛が話し掛けてきた。



「ところで若いの、この先に街に戻るための転移の魔法陣があるから、一度街に戻りたいならそこを利用してくれ。このまま先に進んでも問題ないが、ここから先のエリアはMOBの出現率と罠の種類も増えるから一度戻ることをおすすめする」


「わかった」


「シィー」


「ん? どうした?」


「ほほう、どうやらお前のことをかなり気に入ったようだな。どうだ、このまま我が子を連れて行っても構わないぞ?」



 なにが理由かわからないが、子蜘蛛の好感度が一定数になっているらしく、ここから連れて帰れるようだ。某国民的RPG風に言うと“仲間になりたそうにこちらを見ている”といった感じだ。



 連れて帰ろうか迷ったが、どこからか「やっぱりそういう展開になったか」という空耳が聞こえてきたので、そいつの思い通りにさせないようにするべく今回は見送ることにした。



 瞳をうるうるさせ懇願してくる子蜘蛛だったが、恨むなら俺の耳に聞こえてきた声を恨んでくれ。



 俺との別れを惜しむ様に俺の肩に乗った子蜘蛛がその体をすり寄せてくる。……おのれ、あの空耳さえなければ連れて帰ってやったのに。



 デカ蜘蛛と別れたあと、デカ蜘蛛の言った通り進んだ先に魔法陣があった。



「じゃあな、また糸が足りなくなったら貰いにくるから」


「シィー……」



 子蜘蛛と別れの挨拶を済ませ、街に戻るため魔法陣の中に入る。するとウインドウが出現し“街に戻りますか?”という選択肢が表示されたのではいを選択する。



 はいを選ぶとすぐに魔法陣が発光し、視界が白くなっていきそのままその場から転移した。








 ―― Side 子蜘蛛 ――



 別れを惜しむ様に子蜘蛛はスケゾーを見つめる。スケゾーはまた来るとか言っていたが、子蜘蛛は直感的に感じていた。ここで彼と別れてしまったらもう二度と会えないのではないかと。



 そんな思いが子蜘蛛の中で過ったときには既に体が動いていた。



「シィー!!」



 まるで“行かないで”とばかりにスケゾーに飛びつこうとしたが、そこにはもう彼の姿はなく残されていたのは転移が発動している光だけだった。



 本来であれば、その光をすり抜けてしまうはずだったのだが、オンラインゲームあるあるとしてよく言われている内容の一つとして、実装されたばかりの要素は大概バグが発生するというものが存在する。



 今回もそのご多分に漏れず転移の光が発生している最中にその光の中に入ると、すり抜けることなく転移が発動してしまうというバグが発生した。



 その結果、子蜘蛛の願いが叶う形となりスケゾーと共に街に帰還することになってしまった。しかしながら、友好的なMOBである子蜘蛛が存在することができるのは、ダンジョンかプレイヤーのマイエリアのみという仕様となっており、その仕様に沿う形として子蜘蛛が転移されたのはスケゾーの元ではなく、彼のマイエリアに送られる形となった。



「……シィー?」



 スケゾーを追いかけて光に飛び込んだ子蜘蛛だったが、肝心の彼がいないことに不思議がっていると、突如として建物がある場所からこちらに向かってくる存在がいた。



「ごーしゅーじーんー! って、あれ?」



 土煙を上げながらこちらに突進する勢いで向かってきていた存在が、なにかに気付いたように急に立ち止まる。



 子蜘蛛がその姿を視認した存在は見た目は埴輪のような生き物だった。こいつは一体なんだと困惑する子蜘蛛に向かって、その埴輪がこちらを窺う様に誰何の声を上げる。



「お前は何者だニワ!? 怪しい奴ニワ」


「シィー……」



 怪しさで言えばそちらの方が怪しいのではないかという考えが子蜘蛛に過ったが、そんなことはどうでもいいのでその考えを破棄した。



 今は目の前の埴輪のオバケのことなどどうでもよく、まるで鳥の雛が親鳥を求めるようにスケゾーの姿を探すように周囲の様子を窺う。



「ま、まさか。ご、ご主人がこのボキを差し置いて浮気していたのかニワ!? このボキを差し置いて」


「シィー」


「なに? なんで二回言ったのかって? それはボキが違いの分かるはにわだからニワ!」


「シシシシシ」


「なにを笑ってるんだニワ! ボキは真面目に言ってるニワよ」



 それから子蜘蛛と埴輪のオバケことドロンの低レベルな戦いが終結したのは、スケゾーが戻ってくる十分後のことであった。

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