第34話
「……」
調合機材が並ぶ部屋にカチャカチャという音が響き渡る。その音の正体は他でもない、俺がひたすらポーションを調合している時に出た音だ。
師匠となったメディスからまず与えられた課題は“ひたすら下級ポーションを作れ”だった。どんな分野の技術でもそうだが、修行というのは単調作業をただただ体に馴染ませるつまらないものというのが相場だ。
しかしながらこの手の作業は前作のMOFOでも経験していたこともあり、俺は黙々とポーション作りに精を出していた。
最初の頃は失敗を繰り返しメディスから細かいアドバイスを貰いつつ調合していたが、修行を開始して二時間ほどでNPCの店で売っている回復アイテムと同等の下級ポーションができるようになっている。
ちなみに師匠であるメディスの研究所には調合するための便利なアイテムが存在しており、その中でも一際目を引くのがものすごい速度で無尽蔵に増え続ける【薬草鉢】と【青の原木】だ。
なんとこの二つのアイテムは下級ポーションの調合に必要な素材である薬草とブルーキノコが無限でしかも採集できるまでの時間なしで採集することができるという優れものだった。
「爺さん、便利なもの持ってんだなー」
「ほっほっほっ、これでも宮廷薬師だったんじゃ。これくらいのものは持ち合わせておるよ。それに無限に生み出すといっても、所詮は下級ポーションの材料だけじゃからの」
「そんなもんか」
そこで会話が途切れ俺は再びポーションを作製するため作業に集中する。ちなみに下級ポーションの作り方はすり鉢に薬草を入れ一定時間すり潰し、潰した薬草を取り除いたあとに残る汁に粉状にしたブルーキノコを混ぜ合わせれば完成というお手軽なものだった。
ひたすら調合作業をしているということは初級調合のレベルがぐんぐんと上がっていき、修業開始前のレベルが3だったのにも関わらず、今のレベルは脅威の14にまで上がっていた。
⦅【初級調合】がLv15になりました。【調合精度上昇Ⅰ】を覚えた。【初級鑑定】がLv28になりました⦆
ひたすら調合に精を出していたお陰もあってパッシブアーツ【調合精度上昇Ⅰ】を覚えた。効果はその名の通り調合の成功確率に補正が掛かるというもので、具体的な数値は初級調合のレベル×0.33を掛けた数字となるようだ。現在の初級調合のレベルが15なので、補正確率は4.95%ととなる。
ちなみにこの二時間の成果としては最低限の下級ポーションは調合可能一覧から大量生産が可能となっており、今は手作業からの下級ポーション作製で回復量を上げる作業を行っている。
通常の下級ポーションの回復量は30で値段が50マニーというものだったが、今俺の手元にあるポーションはというと――。
「……なあ、爺さん」
「なんじゃ」
「これって下級ポーションだよな?」
「そうじゃが」
「じゃあ聞くが、なんで回復量が80もあるんだ! おかしいだろ!?」
「ほっほっほっ、お主一体誰が教えていると思っておるのじゃ? このわしじゃぞわし」
「それが一番納得いかねぇんだよ!!」
先ほど俺が手作業で作った下級ポーションが手元にあるのだが、その効果がなんというかおかしいのだ。とりあえず比較するために通常の下級ポーションの情報と見比べてみよう。
【下級ポーション】:調合によって作り出されたポーション。効果はそれほど高くはない。 レア度:コモン 効果:HPを30回復する。 品質:劣化
そして、今手元にある下級ポーションはこんな感じだ。
【下級ポーション】:調合によって作り出されたポーション。手作業によって作られているため通常よりも効果が高い。 レア度:アンコモン 効果:HPを80回復する。 品質:普通
一体何が起こったのか、俺は理解に苦しんでいた。確かにこの屋敷にやってきてからひたすらポーションを作り続けてはいたものの、たったそれだけのことでこんなに効果が上がるとは思っていなかったからだ。
「どんなチートを使ったんだ?」
「なんじゃそれは? “ちーと”という意味はわからんが、お主がこの短期間でポーションの効果を上げることができたのは、この場所のお陰かもしれんの」
「この屋敷が関係していると?」
「そうじゃ、ここは魔力が湧き出る地脈が通っておるからの。それが影響していることもあって、調合する時に素材に魔力が宿るんじゃよ」
「そういうのをチートって言うんだぜ? 爺さん」
「そうなのか」
そんなことをメディスと話しながらさらに調合を進めていき、最終的に狙って高品質のポーションを作製することができるようになった。手持ちに途中で作った中途半端なポーションたちがあったので【ショップ】に出品して売り捌くことにした。
ちなみに売り捌いたポーションは回復量が45で売値が4マニーだった。通常よりも品質が高いとはいえ材料と調合法さえわかっていれば何かの片手間でもできてしまうほど簡単なものなので、この値段は妥当と言えるだろう。これがプレイヤーの手元に届く時には、十倍の価格の40マニーで売られることになる。等価で取引してもらいたいが、売却できるだけマシだと思っておこう。
結局メディスの屋敷にいた時間は四、五時間ほどだったが、体感的には数日間の滞在をしているようなくらい良い修業ができたので個人的には満足している。
「そうじゃ、お主のマイエリアからこの屋敷に来れるようにしておくから、次ここに来るときはあの路地に行く必要はないからの」
「それはそれは便利なことでございますねぇ~」
「なんじゃ、その含みのある言い方は?」
「別に他意はない。ただ、便利だなと単純に思っただけだ」
それから一応一定のレベルにまで達したということで、一度マイエリアに戻ってもいいと言われたため、休憩がてらマイエリアに戻ることにした。屋敷の隅の方に人一人が入れるくらいの魔法陣が青白く輝いており、どうやらその魔法陣からマイエリアに転移できるらしい。
その魔法陣を使って俺は一度マイエリアへと帰還したのだが、予想していた通りドロンが突撃してきたため、いつも通り返り討ちにして一度工房に足を向ける。
工房にたどり着いたところで、素材ダンジョンの存在のことを思い出しどうしようかと思案したが、ドロンが手に入れていた素材を確認したあとその足で素材ダンジョンに再び赴くことにする。
「ご主人、今帰ってきたばかりなのにどこに行くニワ?」
「ちょっと、イレギュラーに巻き込まれてな本来の目的が達成できなかったから、もう一度その場所に行ってくる」
「ボキというものがありながらそんなところに行って。きっとこれが“倦怠期”ってやつニワね」
「お前はなにを訳のわからんことを言ってるんだ?」
本当にこいつはなにを言っているんだろうか? ときどきこいつと話していると気が滅入ることがあるのだが、そう感じてしまうのはきっと俺だけではないだろう。
ドロンの言動を無視して再びマイエリアから生産ギルド経由で街に繰り出し、目的の素材ダンジョンに到着したのは十五分後のことだった。
「ここか、主任が言っていた素材ダンジョンという場所は。なんかたどり着くだけで疲れた気がするんだが……」
そう思うのもきっとあのメディスに出会ってしまったからなのだろう、なにせ四時間もひたすら調合をやらされていたんだからな。
結局レベル3だった初級調合も最終的にはレベル18となっており、今では楽に下級ポーションを作ることができるようになってしまった。そう“なった”ではなく“なってしまった”という表現が正しい。
素材ダンジョンの入り口には新しい施設ということもあって、入り口にはプレイヤーたちで溢れかえっている。すぐに俺もダンジョンに入る列に並ぶ。しかしながら、素材ダンジョンに入る時間は一瞬のためすぐに自分の番が回ってきた。
⦅いらっしゃいませ。攻略する人数を選択してください⦆
どうやら攻略できる人数を決めることができるらしく、最小で一人最大で六人となっている。おそらくソロからパーティ単位の人数が設定されているのだろう。
当然俺はソロなので攻略人数は一人を選択し、決定ボタンを押す。
⦅それでは、これより素材ダンジョン攻略を開始します。お気を付けていってらっしゃいませ⦆
そうメッセージが表示されると、俺の姿はその場から消え失せ気付いた時には魔法陣の中にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます