第32話


 マイエリアから生産ギルドへとやってきた俺は、とりあえずクエスト一覧を確認する。メニュー画面から現在出されているクエストを見てみたが、どれも難易度の低いものばかり目新しいクエストはなかった。



 ギルド内は新しくアップデートが入った影響からか、プレイヤーの数も少なく精々が数人程度しかいない。皆考えることは同じようで、ダンジョンに行っているらしい。



 今回ギルドに用はないので、そのままダンジョンに向かおうとしたその時ギルド内に割れんばかりの大声が響き渡る。



「ああー、あなたは!!」


「っ! ふっ!!」


「えっ? あ、あの、ちょっ」


「何も喋るな」


「~~~~!」



 声のした方を見ると、そこには以前クエストを受けた時に担当してくれた受付嬢がいた。その瞬間俺はすべてを理解し、咄嗟に彼女に詰め寄った。戸惑う彼女に構うことなく、俺は彼女の唇を自分の唇で塞い……ではいない。



 この手のパターンはよくアニメや漫画、果てはライトノベルからWeb小説までやりつくされているため、この後一体何が起こるはずだったのか大体察しはつくことととは思うが一応説明しておこう。



 俺を見つけた受付嬢の彼女は、この後俺の名前を声高に叫びこの場にいたプレイヤーが俺の名前を聞いてしまう。それにより俺が今巷を賑わせている謎のプレイヤー【スケゾー】だということが知れ渡ってしまうという構図だ。



 だからこそ、俺はそれを阻止すべくいち早く彼女に接近し彼女の口を手で塞いだのだ。そう、手でだ。いきなり詰め寄られ口を塞がれてしまったことに大きな瞳をさらに見開き驚いていたが、俺がなぜそのような行動に出たのか察しがついたようで、強張っていた体から力が抜けていくのがわかった。



「俺の意図が伝わったようだな。もう手を離しても大丈夫だな?」



 俺の言葉にコクコクと首を何度も縦に振り頷いたので、手を離してやった。手を離す時、彼女の生温かい息が手に掛かると同時に艶のある色っぽい声が漏れた。息を整えた彼女が頬を膨らませながら抗議の声を上げる。



「もう少しやり様はなかったんですか?」


「俺が手で口を塞いでいなければ、俺の名前を叫んでいただろう?」


「それは、そうかもしれませんが」


「だったら俺がやったことは最善であり、不可抗力だとは思わないかね?」


「はいはい、わかりましたよ」


「ところで、俺になにか用でもあったのか?」



 どうして声を掛けてきたのか聞いてみたところ、特に理由はなく目についたからという回答が返ってきた。そんなことで俺の正体がバレそうになったことに若干の苛立ちを覚えたが、そこは社会人として感情を抑え込んだ。



「……ふんっ」


「ふぃふぁい、ふぁにふるんふぇふふぁ!?」



 俺は制裁として彼女のほっぺを摘まみ軽く横に引っ張った。軽く引っ張っただけだったがそれでも痛かったらしく、涙目になってやめて欲しいと訴えてくる。先ほど俺は社会人として感情を抑え込んだと言ったが、彼女には相応の制裁が必要だと判断した。故にこの行為は感情からくるものではないとだけ言っておく。



 しばらく彼女の頬の柔らかさを堪能……もとい、制裁を続けたが幸い致命的な被害は避けられたので、これで勘弁してやることにした。



「次やったら、この程度じゃ済まさないからな」


「き、肝に銘じます」


「それから、今後俺の名前を呼ぶときに毎回注意しないといけないだろうから俺のことは七五三と呼んでくれ」


「ナゴミ、ですか?」


「そうだ、七五三だ」


「わかりました。今回は本当に申し訳ございませんでした」



 それから、彼女から素材ダンジョンの場所を聞いた俺は生産ギルドを出て街へと繰り出した。なんだかんだでマイエリアに籠りがちなので、街へ繰り出すのは最初にログインした時を入れてまだ三回目だったりする。



 中世ファンタジー風な街並みを見ながら目的の素材ダンジョンへと歩を進める。素材ダンジョンの場所は生産ギルドを出て西方面に真っ直ぐ進んだ先にあるらしいので、そのまま風景を楽しみながらゆっくりとした足取りで向かう。



 仮想現実とは思えないほどのリアリティに近代技術の水準の高さを思い知りながら空を見上げる。そこには現実世界と何ら変わりない青い空と白い雲が広がっている。まさにピクニック日和といっても過言ではないほどの晴天に清々しい気持ちになっていると、突然体に衝撃が走った。



「きゃっ」


「おっと」



 往来で立ち止まっていたこともあり、進行方向から来ていた人に気付かず相手が尻もちをついて地面に座りこんでいた。



「すまん、空を見ていて人が来ていることに気付かなかった。大丈夫か?」


「ええ、こっちも考え事をしていて前に人がいるのに気が付かなかったから。ああ、ありがと」



 相手の安否を確認しながら、俺は“彼女”に手を差し伸べる。彼女は差し伸べられたその手を取り、礼を言いながら立ち上がった。



(あ、この子はあの時の)



 そこにいたのは、赤い長髪を後ろで纏めた所謂ポニーテールの女性だった。女性にしてはやや高めの身長に魅力的なプロポーション、そして少し鋭い目つきが特徴的な女性だった。



 よく見ると、俺が生産ギルドに初めてクエストを受けに来た時に言い寄られていた女の子を助けていた女性だった。



「この髪は元々こういう色だから」


「え?」


「あたしの髪の色が気になって見てたんじゃないの?」



 俺がじろじろ見ているのを勘違いしたのか、彼女がそう言ってくる。こちらとしては前に生産ギルドで見かけたことがあったので、見ていただけだったのだが別に否定する気力も起きなかったので、敢えて彼女の言葉をに頷いた。



「実はそうなんだ。すごい赤くて綺麗な髪だったから」


「うぇ、そ、そんなことないわよ。手入れも面倒臭くて、纏めてるだけだし」



 俺の言葉が意外だったのだろう、顔を赤くして照れていた。大人っぽい見た目に反して、女の子らしい仕草だったので少しドキリとしてしまった。



「あたしはメイリス。MOFOの頃からやってるプレイヤーで、前作ではギルドマスターをやっていたわ。あなたは?」


「あ、ああ、俺はスケ……コホン、七五三だ。俺も前作のMOFOをやっていたんだが、今回新作が出るってことで久しぶりにVRMMOに復帰したんだ」


「そう、あなたもこれから素材ダンジョンに?」


「まあ、そんなところだ」


「あたしはこれからマイエリアで生産活動をする予定だわ」


「なら、お互い頑張ろうってことでこれで失礼させてもらう。じゃあな」


「ええ、縁があったらまた会いましょう」



 そう軽く挨拶を交わして、メイリスとはそこで別れた。前作のMOFOから数えると、実に数年ぶりの直接的なプレイヤーとの交流であることに気付き、彼女を見送ったあと苦笑いを浮かべた。



 そのまま素材ダンジョンに向かっていると、どこからともなくしゃがれた声が耳に届いてきた。



「そこのお主、ちょっといいかの?」


「……」



 メイリスとのやり取りで少し時間を使っていたので、その声を無視して進もうとすると立ち塞がるように人が現れた。そこにいたのは、白い年季の入ったローブに身を包んだ白髪白髭の老人だった。



「お主じゃお主、ちょっといいかの?」


「何の用だ?」


「お主に聞きたいことがあるのじゃが、お主ポーションに興味はないかの?」


「……? 一応【初級調合】は持っているが」


「おおう、そうかそうかやはりの。ではポーションの作り方に興味はないかの?」


「無いと言えば嘘になるが、今から用があって――」


「よし、ならばこのわしが教えて進ぜよう! こっちゃこい!!」


「ああ、ちょっと爺さん、手を放せ。用があるって言ってるだろうが!」


「そう堅いことを言うでない。それにわしからポーション作りを教わることなど望んでもなかなかできぬことなのじゃぞ?」


「だから――」



 老人の言葉に反論しようとしたところで、ウインドウが立ち上がり以下のメッセージが表示される。




⦅元宮廷筆頭薬師【メディス】に弟子入りしますか? 【はい】 / 【いいえ】⦆ 

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