第30話


 翌日、会社に出社すると三人の上司が待ち構えていた。一人は俺が所属している販売促進部の主任で直属の上司である三河志保。残りの二人は四十代ということは見た目から分かるのだが、特徴的なのは一人が髪がふさふさでもう一人が髪が無い……もとい、薄いというところだ。三河さん以外の二人とは初対面だったので自己紹介しようと思ったのだが、こちらが挨拶をする前に向こうの方から名乗ってきた。



「君が七五三俊介君だね。初めまして、俺はこの会社の開発部の部長をやっている早乙女御幸だ。よろしく」


「ふん、相変わらず女みたいな名前だな」


「ああ、なんだ? よく聞こえなかったからもう一度言ってくれないか? つるつる、いや鶴津部長」


「……貴様、喧嘩を売っているのか?」


「……売られた喧嘩を買っただけだ。それよりも自己紹介をしてないのはてめぇだけだぞ?」


「ちっ……監査部部長、鶴津房志だ」


「は、初めまして。昨日からこの会社で働かせてもらっている七五三俊介といいます。宜しくお願い致します。」



 朝っぱらからテンションの高い中年男性に気圧されながらも、何とかまともな挨拶をすることに成功する。一体全体なにがどうなっているんだという疑問が頭を過ったその時、上司である三河さんが説明してくれた。



 彼女の話では、元々俺のMOAOでの活動状況が通常のプレイでは作り出すことが困難な非常に珍しい状態になっているため、貴重なサンプルとして開発部からそのまま好きなように続けて欲しいという要請をしようとしたところ、先に監査部からMOAOの規約に抵触する部分があるので改善するようにという要請が出てしまったらしい。



 その事で早乙女部長と鶴津部長の間で話し合いが行われたそうだが、早乙女部長の言い分を鶴津部長が突っぱねお互い売り言葉に買い言葉の口論にまで発展したため、霧島社長に取りなしてもらったというのが今回二人が俺のところに来た理由らしい。



「ということなので、七五三くんは今まで通りのパワハラプレイを続けてくれても大丈夫よ」


「パワハラプレイをした覚えはないんですけど?」


「……自覚がないって怖いわね」



 三河さんは何を言っているのだろうか? 元々俺がドロンに対して体罰を行っているのは、奴が口で言っても効果がないどうしようもない存在だからだ。口で言っても理解できないのなら、体にわからせればいいという極々単純な理由から俺はドロンに体罰を行っているだけなのだ。

 あくまでも俺がドロンに体罰を与えるのは、俺がそういう性的な趣味・嗜好を持っているからではなく、そうしなければならない状況をドロン自身が作り出しているからに過ぎないということを懇切丁寧に三人に説明してやった。



「ですので、ドロンが大人しく俺の言うことを聞いてくれれば、俺が罰を与える必要はないので殴らなくて済むんですけど、あれは口で言っても理解しませんから“致し方なく”というのが正直なところです。できれば今すぐ開発部の方で修正していただければ、こちらとしても助かるんですがね?」



 会って間もない人間に向ける目ではないとは思ったが、早乙女部長に対しジト目で見てやった。だが、そんな俺の視線に臆することなく早乙女部長もこう切り返してくる。



「七五三君、君が今とても貴重な体験をしているということを自覚した方がいい。開発部としてもどうしてこんな状況になっているのか原因を特定しなければ、他のプレイヤーが同じ状況になった時に対処に困ってしまうとは思わないかね?」


「それは」


「だからこそ、このまま今まで通りのプレイを続けて我々にサンプルを提供して欲しいのだよ。このことは霧島社長とも話が付いているので、君は何も心配せず存分にゲームを楽しんでくれたまえ」


「……早乙女部長」


「ふん」


「七五三君、俺のことは“主任”と呼んでくれ。その方がなんか響きがカッコいいからな! ははははは」


「ガキか貴様は」



 開発部の部長にそこまで言われては、新入社員の一人でしかない俺ではその意見を覆す手段など持ち合わせていないため、俺は押し黙った。どうやら早乙女部長の言い分に矛盾点を見出せないことが不服なのか、鶴津部長が腕を組みながら鼻を鳴らす。



「では、俺が伝えたいことは伝えたので仕事に戻らせてもらう。よろしくたのむよ? 七五三君」


「は、はあ」



 俺の返事に満足そうな顔を浮かべると、隣にいた鶴津部長に勝ち誇ったような顔を向けたあとそのまま去っていった。



「ぐぬぬぬ、おのれ、早乙女御幸。自分が社長と中学からの付き合いだからって、それを業務にまで持ち込むなど職権乱用もいいところだ!」


「……」


「七五三俊介。今回は特例として貴様のMOAOでのプレイ内容についてはある程度は黙認しよう。だからといって、どんなことをしても許されるわけではないということを肝に銘じておくように」


「は、はあ」


「では、失礼する」



 就職して二日目で他部署の部長クラスと知り合えたことになにか面倒事に首を突っ込んでしまっているのではないのかと考えたが、入社したばかりの下っ端の俺が抵抗したところでささやかな抵抗でしかないと半ば諦め、一度自分のデスクへと足を向けた。







「今回はあの二人の喧嘩に巻き込まれて災難だったわね」


「仲が悪いみたいですね。早乙女部長と鶴津部長」


「犬猿の仲ってやつね。なんでもこの会社を立ち上げた時に霧島社長がどこからか連れてきた人材だったんだけど、見ての通り早乙女部長は楽観的な性格で鶴津部長はお堅い性格っていう正反対な二人だから、事あるごとに口論になるのを霧島社長が二人の間に割って入るといった感じだったみたい。今回もそうだけどね」



 その後デスクでちょっとした作業をしてから、三河さんと共に昨日案内された部屋へと入り、彼女と先ほどのことで話をした。



 それから彼女が開発部と監査部の確執についても教えてくれた。早乙女部長と鶴津部長が実質的な開発部と監査部のトップであることが影響し、開発部の社員と監査部の社員もお互いに仲が悪く一種の派閥のような状態になっているらしい。

 面白いことを見つけて検証したり面白いことを作り上げる開発部と、不正を見つけてそれを処罰したりルールを設けたりする監査部とでは、何かと対立する場面が多いのだろう。



「とにかく、一応今回は監査部からの承認もあることだし、昨日言ったプレイを自重するという話はなかったことで大丈夫よ」


「そうですか。じゃあこれからもドロンが変なことをすれば殴ってもいいってことですよね?」


「それは私の口から直接答えにくい内容ね。私から言えるのはあなたの好きにやってちょうだいとしか言えないわね」


「わかりました」



 そんなやり取りをしたあと、昨日も使用したヴァイコンに入りMOAOの世界へとログインした。

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