第6話


「う、うぅ……」



 微睡んでいた意識が、徐々に覚醒していく。ぼやけていた視界もクリアになり、気が付くとログインする時に入ったカプセルの中だということを認識する。



 先ほどまで仮想現実にいて、すぐに現実世界へと引き戻されてきたわけだが、特に違和感はないようだ。



「お疲れ様、久しぶりのVRMMOはどうだった?」


「三河さん、いたんですね」



 頭がはっきりしてきたところで、ログイン前に一緒にいた三河さんが声を掛けてきた。てっきり、自分の仕事をするため持ち場に戻ったと思っていたので、つい思ったことをそのまま口に出してしまった。



「なに、私がいないほうがよかったのかしら?」


「いえ、自分の持ち場に戻ってると思ってたので。べ、別にいなくなって欲しかったわけじゃないですから」


「……ツンデレ?」


「違いますよ!」



 なにを訳の分からないことを言っているんだこの上司は?



 彼女の言動に思わず怪訝な視線を向けていると、俺に一枚の紙を差し出してくる。紙には“報告書”と記載されており、どうやらゲームをプレイして何か報告することがある時に提出するもののようだ。



「とりあえず、ここまでやってみて何か感じたことがあるのなら、その紙に書いてちょうだい」


「わかりました。あの、一つだけ気になってることがあるんですけど聞いてもいいですか?」


「なにかしら?」


「あの、ハニワんずの性格は何とかならないんですかね? すごく鬱陶しいんですけど」



 報告書でも記入するつもりだったが、先に答えを知りたかったため、上司である彼女に聞いてみた。ドロンの性格がデフォルトのものなのか、それともいくつもある中のうちの一つなのかということを。



「あー、あの子の性格は選ばれる確率が物凄く低いレアケースだったはずよ」


「選び直しはできるんでしょうか?」


「無理だと思うわ」


「マジですか」



 彼女曰く、一度決定したハニワんずの性格は修正できない。本当に嫌な場合は、アカウントを一度リセットして最初からやり直さなければならないらしい。



 ほとんどの場合、従順な性格が選択されやすくなっているため、俺のような確率の壁を突破した人間でなければそのような事態は起こらない。



 彼女の言葉に、思わず顔を顰めてしまう。何故、よりにもよってそんな稀有な出来事が起きてしまうのか、ゲームの開発担当者に小一時間ほど問い詰めたい衝動に駆られるが、俺がなにを言ったところでなにも変わらないため、何も口にしない。



 とりあえず、報告書に気になっていた髪と目の色を自由に選択できる仕様を追加することと、ハニワんずの性格に関しての恨みつらみを淡々と記入しておいた。



 それから、三河さんがこのあとどうするかと聞いてきたので、十分ほど休憩したのち再ログインする旨を伝え、再びMOAOの世界へ舞い戻った。








 再びMOAOの世界へとログインする。



 遠のいた意識がはっきりと覚醒し、徐々に視界がクリアになっていく。



「う、うぅ……」


「じー」


「……?」



 最初はぼんやりとしていた視界がはっきりとしていくと、目の前に何かいるということがわかってきた。



「じー」


「ぎゃああああああああああああ」


「ほべっ、ぶべらっ」



 その何かがドロンの顔だとわかった瞬間、思わず悲鳴を上げてしまい、気が付くと奴の顔を両手で掴み取りそのまま地面へと叩きつけていた。



 俺を驚かせたかったのか、はたまた奴自身の嗜好なのかはわからないが、ログインしたと同時に俺の顔の間近くまで接近していたらしい。



 一方、地面に叩きつけられたドロンといえば、地面に顔が突き刺さり「うー、うー」という呻き声を上げていた。



 ドロンが地面に突き刺さっている時に、奴の安否の心配よりもとあることが頭に浮かんできた。



「こいつって、畑に植えると増えたりしないのかな?」


「増えるわけないニワ!!」



 俺の言葉にすぐさま反応をしたドロンは、地面から脱出するなり抗議の声を上げた。……というか、それ以外に突っ込むところがあるだろうに。



 それから、俺にぶん投げられたことを抗議するも「お前が俺の顔の近くにいたのが悪い」と言ってやると、自覚があったのか急に押し黙った。



 まさかログインしていきなりこいつと漫才をすることになるとは思わなかったが、気を取り直して前回の続きから作業を再開する。……と、その前に。



「おい、ドロン。お前、俺がいない間にちゃんと木材とか畑とかの量産作業をやってたんだろうな?」


「ギクッ」



 俺がログアウトした時間は午前九時四十分くらいで、再びログインしたのが五十五分あたりだ。現実時間では十五分程度だが、MOAOの時間に換算すると六時間に相当するのだ。その間になにもしていないとなると、かなり無駄な時間を過ごすことになってしまう訳だが……。



「まさか、六時間もあったのに何一つやってませんでしたとか言わないよな? ドロン君?」


「ご、ご主人っ、顔を掴みながら問い質すのはやめて欲しいニワ! ミシミシ言ってるニワ!!」



 俺のアイアンクローを食らいながら、苦悶の声を上げ続けるドロンだったが、最終的に力尽き動かなくなってしまった。



 結局、ドロンを問い詰めてみたところ、まったくサボっていたわけではなく、木材と果実の収穫はやってくれていたようで、それなりの数が揃っていた。



 しばらく経って復活したドロンに各素材を収集するよう指示を出し、工房購入のための資金繰りのため新しい道具を製作することにした。



 新たに追加したのは、忍者がよく使う#苦無__くない__#と手裏剣、ゴブリンなどが持っていそうな太めの棍棒と武術家が使いそうな細めの棍棒、その他にも槍や西洋風の剣、トンファやブーメラン、変わり種としてソフトボール大くらいの大きさがある投擲玉という玉や攻撃用のハンマーとメイスも作り出した。



 今まで作製した道具をリストアップしてみると、以下のようになった。




【スコップ】


【クワ】


【ピッケル】


【斧】


【作業用ナイフ】


【作業用トンカチ】


【作業用ヤスリ】


【苦無】


【手裏剣】


【太棍棒】


【細棍棒】


【槍】


【剣】


【トンファ】


【ブーメラン】


【投擲玉】


【ハンマー】


【メイス】


【バックラー】


【小手】





 ちなみに、これらを全て量産し終わる頃には、気付けば日が傾きかけた夕方になっていた。合間合間に果物を齧りながら作業を進めていたため、腹具合は問題ないのだが、ちゃんと気を付けておかないと、気付いたら朝になっていたなんてことになりそうな気がので、次からは注意しておこう。



 今のところ使用できる材質は【木】と【石】なのだが、“作業用”と表記された道具に関しては石の素材でしか作り出せず、トンファとブーメランに関しては木材でしか生産できなかった。



 ここにきていろいろと凝り性な性格が仇となったのか功を奏したのかのどちらかは別として、木材と石材それぞれを使ったさまざまな武器や道具を作ることに成功した。



 しかしながら、品質に関していえばどうがんばっても中質以上を出すことはできないようで、更なる精進が必要だと今後の課題が残る形となってしまった。



 とりあえず、夜も近いということでメニュー画面から時間を飛ばす項目を選び、次の朝にまで時間を進ませる。



 後で確認してわかったことだが、このMOAOに宿屋のような施設はあるにはあるが、マイエリアにいるとき限定で時間を進ませることができる機能がついているため、ほとんどのプレイヤーは宿屋を利用しないようだ。



 翌日、作った武器や道具を整理する意味も含めてショップで売却することにした。



 ひとまず、製作過程でできた品質が最低、劣化、低質なものはショップで売却して、普通と中質のものに関してはオークションを利用することにした。



 ショップで売却したものは大したものではないといっても、プロダクトによる自動生成ではなく一つ一つの工程を手作業で行っているため、売却額もそれなりの金額となっていた。



 それでも、目標額の30000マニーには遠く及ばないため、俺が現状で作り出すことができる品質である普通と中質のものをオークションに出品する。



「ショップで売った品質の低い道具から見て、品質が普通と中質の道具の相場はこんなもんかな」



 俺としても、このMOAOの相場を全て把握していないので、それなりの値段だろうという予想から開始価格を品質が普通のものは500マニー、中質のものは1000マニーに設定して様子を見ることにした。



 結果として言うのならば、売却したものも含めすべての商品が完売した。しかし、この時の俺は知らなかったのだが、どうやら俺が作った道具に関して掲示板で大騒ぎになっていたということを後になって知ることになるのだった。 

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