森の中の遺骸

 マドカは今アーデンの森の中を歩いていた。

 刻は日が沈み始める茜の時間、村を出て旅をするにはあまりにも遅い出発ではあるが、フロレスク伯爵からの通達を受け、急ぎ行動したと見せかける為の動きであった。

 森の中を進んでいく、エルフ達が使用しているだろう、森の中の小径こみちを離れて移動をし、人が来ることは先ず無い場所へと歩いて行く。

 刻は進み夜の帳が下がりきる頃、密偵はマドカの前に宵闇に紛れて姿を現した。

「先導します」

「解りました」

 歩きながら交わす言葉は最低限、お互いに此度の目的を知っているが故に。

 さらに森の中を進んでいくと、軽く丘になっている場所にある洞窟が彼等の前に現れた。

 密偵は躊躇いなくその洞窟へと入っていく。

 ある程度行くと事前に準備をされていた、今回の死亡を偽装する為の道具と丁寧に布にくるまれた死体があった。

 密偵はそれらの荷物を解きながら声を放つ。

「貴重品などは持って装備をお脱ぎ下さい」

 マドカは指示に従い各種装備を脱いでいく。

「此方を」

 そう言って差し出されていたのは、見窄らしく酷く年季の入った外套と、ここスードヴェス王国の猟師が着込む各種装備類であった。

「何処まで話しを聴いていますか?」

「細かいことは教えられていません。ただ死亡を偽装して伯爵の元へ向かうと」

「解りました。

 これから、この死体をマドカ殿の死体として偽装します。

 これより顔を潰すので、個人を特定する物は装備類のみとなります。

 この偽装した死体は、このまま此処に放置をしますが、余程のことが無い限りこの場所に人が来ることはないでしょう。

 エルフ達にした所で、ここは集落から遠く離れていますので、発見は相当遅れると予想しています」

 マドカは静かに相槌をしながら話しを聴いている。

「そして、この後の予定ですが、まずは我々が管理しているフラ村へと案内します。

 そこで、顔形を変える施術を受けていただき、マドカ殿と判別出来ない様にします。

 その後、フラ村の住民として問題ない様生活を送れるよう指導を受けてもらいます。

 そして、指導が終わりましたら伯爵様の御座すスプレ・ク・ラウに私と夫婦という呈で向かう手はずとなっています」

「ずいぶんと手の込んだ偽装ですね」

「伯爵様からの要望は秘密裏にということでしたので」

 密偵はマドカに今後の方針を伝えつつも、死体の偽装を行う手を止めることなく続けていた。

 対してマドカは与えられた装備を着込み洞窟の入り口へと意識を向け、万が一野生の動物やモンスターが来たときに備えていた。

「それと、今お持ちの貴重品に関しては、出来得る限り外部の者の目に触れないようにしますので、フラ村に付いたら管理をこちらでします」

「それは解りましたが、私が触れられないような事は無いですよね?」

「はい、それは問題ありません」

「それならば問題ないでしょう」

 綺麗な状態で布に包まれていた死体にマドカの装備を着させると、密偵はそれに用意をしていたゴブリンが用いるような棍棒を用いて傷だらけにしていった。

 さらには首を捻じ切り念入りに傷を付けていく。

 あたかもゴブリンが死体を弄ぶような無残さを演出しながら。

 洞窟の一番奥にその名も知れない、首以外もバラされた誰かの死体を放置すると、二人は宵闇に紛れて移動を開始する。

「まずは最寄りの村にある、我らが管理する宿屋に向かいます。

 夜が明ける前には到着をしたいので、強行軍となりますが大丈夫ですか?」

「問題ないでしょう。

 鍛えておりますので」

 森の中を急ぎ抜けると、人気を避けて小走りでスードヴェス王領を駆け抜ける陰が、満点の星空の光に僅かに照らされていた。

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