秘密裏に

 フロレスク伯爵より命を受けた密偵の長は、どの様な段取りでくだんのマドカなる人物を伯爵の元へと連れて行くのかを考えていた。

 まず、条件としてマドカという個人を特定出来ないようにすること。

 次にマドカの知識や技術を有効に扱う為に、ある程度露出する前提でいなければならないこと。

 秘密裏に事を運ばなければならないが、世間に知れ渡る前提でいなければならないこの矛盾を、どうやって解消するのかを考えていた。

 考えて出した結論は、一度死亡したことにすること。

 ツァラヌ男爵より文を渡されそれを読んだフロレスク伯爵は、マドカの過去の所業を受け入れることは出来ないとして処分を決定。

 温情として、死刑を執り行わないが追放処分にすることを男爵を通してマドカに通達。

 その後、追放されアーデンの森に向かったマドカは、そこでモンスターに襲われ死亡したことにする。

 が、実際には死亡せず一次身柄を自分達が隠れ蓑に使用している村に匿い、身元が特定されないように、顔形を変える整形手術を受けさせる。

 そして、何食わぬ顔で村の青年として生まれ育ってきたかのように振る舞えるように教育を施し、フロレスク伯爵が統治するスプレ・ク・ラウにより良い生活を求めて村を出てきた有望な若者という筋道を立てた。


「如何で御座いましょう?」

「この都市で生活をし始めた後は?」

「伯爵御用達のギルド、シギショアラのいずれかの下部組織に属させ実績を積ませす。

 そして、そこで功績を打ち立ててもらい、伯爵がそれを見て召喚する流れで宜しいかと」

「なるほど、ツァラヌ男爵の文の内容通りであれば、いずれは頭角を現すか」

「はい、そうでなければそのまま捨て置けば良いかと」

「解った、その段取りで動くように」

「御意」

 何処とも知れぬところに姿を消していく密偵の長、それを眺めながらフロレスク伯爵は、このマドカなる人物がどの様な恩恵をもたらすことになるのか、将又不利益を齎すことになるのか、その結果如何によってどの様に動くべきなのか、思案に耽っていく。


「お呼びでしょうか?」

「お前に次の任務が決まった。

 現在ペス村にて逗留しているマドカなる御仁を、秘密裏にスプレ・ク・ラウに招く任務だ。

 このマドカという人物、先進的な知識や技術等を保有していると、ツァラヌ男爵よりフロレスク伯爵へ報告があったのだが、その知識や技術を得る為に過去問題となる実験を繰り返してきた御仁でもある。

 フロレスク伯爵は、彼の御仁の知識と技術に興味がお有りだ。

 そこで我々は、彼の御仁を秘密裏にスプレ・ク・ラウにお届けするようにフロレスク伯爵より命が下った。

 どの様な手段を用いて送るのか説明をする」

 密偵の長は、自らの部下となる存在に口頭のみで動きを説明する。

「よいな、まずは我らが隠れるこの村まで案内するように、準備が済み次第速やかに遂行せよ」

「はっ」

 密偵の長に呼ばれた名もなき密偵は、行動を開始する為の準備を行う為姿を消した。

 それを見ながら密偵の長は考えた。

 今回の作戦の性質上、あの密偵は使い物にならなくなるだろうと。


 数日後、ペス村男爵邸。

 長閑な昼下がり、執務室で今季の税の徴収に関しての計画調整を考えていたツァラヌ男爵の元に一人の密偵が現れる。

「失礼、フロレスク伯爵配下の者です。

 マドカ殿の件に対応する為罷り越しました」

「伯爵の密偵の者か」

「はっ、フロレスク伯爵は、彼の御仁を秘密裏にスプレ・ク・ラウに招くことをご所望です。

 つきましては、彼の御仁には一度死んで貰うことになりました。

 ツァラヌ男爵におかれましては、彼の御仁をフロレスク伯爵の命により、本来死刑とするところ、御状で追放処分にする旨通達をお願いしたい」

「解った、その後は?」

「その後、彼の御仁の死亡を偽装し、こちらでお連れ致します」

「マドカ殿には伝えるか?」

「演技が出来るのであれば、事前に伝えていただけると」

「その辺りは問題ないだろう」

「では、決行のタイミングは次の行商がフロレスク伯爵よりの文を届けたタイミングでお願いします」

「あい解った。」

「では、失礼いたします。」

 ツァラヌ男爵はやや緊張していた身体を、椅子から立ち上がりながら解す。

 スードヴェス王領の要、水の都市スプレ・ク・ラウを裏から守護する一族との邂逅は、男爵位であるツァラヌ男爵に取ってしても、まず会うことは無いだろう存在であった。


 伯爵はマドカ殿に興味を引かれたようだが、同時にその危険性にも憂慮されておられる様子。

 子飼いの密偵まで導入していると言うことは、相応に慎重な行動をする必要があるか。


 アーデンの森のエルフ共と交易をしながら、村の管理と税を徴収するだけのしがない辺境貴族には、荷が勝ちすぎると考えるツァラヌ男爵であった。

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