相田宗介編 #005
背後のケージでそに子が「出してくれ」とカリカリ引っ掻くような音を立てたので、そに子をケージから出し、手のひらに乗せた。そに子は気持ちよさそうに針をねかせて、宗介の手のなかで丸くなる。
しばらくすると優の作業が終わったようで、トランクのジッパを締める音がした。宗介が立ち上がり、部屋の中から細い廊下の先で、優はトランクの取っ手を伸ばし、それを右手ががっちり掴んで、背を向けて立っていた。
「優」
宗介が呼びかけると、優はくるりと勢いよく百八十度回転すると、こちらに向かって敬礼した。
「お邪魔しましたー!」
背筋がピンと伸びて、腕もしっかりとした角度で肘もあがっていて、あんまり綺麗な敬礼だったので、バカみたいだが、しばらく見惚れてしまった。そして、そのまま優が出て行こうとしたので、「もういいのか?」と声をかけると、「うん平気」と答え、まっすぐ踵を返して玄関のドアを開けた。おそらく、優の滞在時間は十分に満たなかっただろう。
平気ってなんだよ、と宗介は呟き、あわてて追いかけると、優はガラガラとトランクを引っ張りながら、「じゃね」と階段を降りるところだった。途中、階段を降りながらボコボコと壁にトランクが当たる音が聞こえた。
宗介の手のなかのそに子がフシューと威嚇に近い声を出し、もっと丁寧に扱えという警告を示したとき、優にもらった鍵がまだそのまま手のなかにあるのを思い出した。
あの勢いだと、もう優はマンションの外に出てしまっているだろう。送っていくべきだったのかもしれないが、あの様子だと見送りは拒否されそうだ。宗介は部屋の中に引き返し、そに子をケージに戻す。
このままベッドに倒れこみたい気分だったが、ジャケットを脱いでハンガにかけ、ズボンも脱いで部屋着に着替え、靴下も脱いだ。シャワーを浴びるのは寝る直前にしようと決め、立ち上がる。
冷蔵庫の中身をのぞく。カット野菜の袋がひと袋と、豚肉が少し、あとたまねぎ。宗介はたまねぎだけ刻むと、カット野菜と豚肉を適当にオリーブオイルとポン酢で炒め、仕上げにわずかばかり塩胡椒で味を整えた。適当な夕食だ。戸棚のパックご飯を電子レンジで加熱して皿に盛り付けた。
手慣れたそんな動作をしているとやはり頭がよりクリアに、さらにニュートラルになっていくのがよくわかった。頭の中の作業台が整理されていく感じ。感覚としては、パソコンのCドライブをデフラグしているイメージだ。宗介は適当に皿に盛り付けた料理を自分の部屋に運び込む。
デスク周りは作業台になるので、意識して広めに取ってある。ダイニングテーブルぐらいの大きさだが、周りはメタルラックで組まれた作業台に囲まれているので、気分は宇宙船のコックピットだ。パソコンのディスプレイもデュアルディスプレイで、ふたつある。
「二人きりの飯、けっこう慣れてきたよな、そに子」
宗介はハリネズミに話しかけてから、パソコンを立ち上げる。それは音もなくすぐに立ち上がる。宗介はブラウザを開き、『エデン』の画面を開いた。
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