18、手

 手を忘れていったお客さんがいた。

 正確に言うと手首から上、右の。

 どのお客さんのか確認できなくて、どうしようか、となった。

 とりあえず取りに来るのを待つしかないか、ということになり。

 でも、一か月たっても、半年たっても、そのお客さんは現れなかった。

 一年がたって、いいかげん邪魔だし、捨てちゃおうかって話になった。

 さすがにそれはまずいだろうと店長が言い出して、でもお店の性質上警察に届けるわけにもいかないしで、議論は堂々巡りになって、堂々巡りの三週目くらいで私が、じゃあ私が持って帰りますと言って、今、その手はうちにある。

 手をしげしげと見ると、まるで新種の生き物みたいに見えた。

 今にもかさかさと動き出しそうな。

 もちろん動かないんだけど。

 私はペーパーウエイトにして使っていたんだけど、ある日手が見当たらないことに気が付いた。

 そういえば、紙ごみの日に、いらない書類とか郵便物とか、がさっとでっかい紙袋に入れて捨てちゃったけど、そのときに手もいっしょに捨てちゃったのかもしれない。

 結局それ以降手は出てこずで、まあ特に困ることはないし、たぶんお客さんが取りに来ることもないだろうから、そのままにしている。

 手を忘れていく客さんは今のところほかにはいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る