愛のために③ −嵐のビンゴゲーム−
「二次会のビンゴゲームの司会、してくれないかな。」
「え?僕が?でも披露宴で友人代表挨拶もするし、なんだか出っぱなしでちょっとねー。誰か他にいなかったの?」
「頼める人、他にいないのよ。お願い。商品とかは全部こっちで揃えるし、ビンゴゲームの道具はレンタル会社が会場にきちんとセットしてくれているから。あとは会場入りして面白おかしく進めるだけだから。ね、ね、お願い。」
もともとそんな元気よく活発に司会進行などをするのに向いた性格でもないし、もちろん得意でもないわけで、かなり不安でした。しかし、名古屋での披露宴なのですが、前日と当日のホテルまで手配してくれて、さらに当日朝の、奥さんの実家から花嫁が出発するご当地ならではの伝統的な儀式みたいなものにも招待してくれるということで、もともと学生時代にもいろいろ世話になった友人のたってのお願いなので、結局引き受けることにしました。
すでに結婚披露宴でのスピーチのマニュアル本は買ってああでもない、こうでもないと一生懸命原稿を書こうとして行き詰まっていたところに、さらにひとつ大きな仕事を抱えてしまったなと思い、もう一度本屋に行ってビンゴゲームの本がないか探したのですがそんな都合のいい本はありませんでした。自分でその場勝負で臨機応変に頑張るしかない、と心に言い聞かせました。
あっという間に前日になりました。午後から仕事は休みをもらい、独身寮に荷物を取りに帰り、長崎空港に向かいました。バスの中で、この二十四時間後にはもう僕は挨拶を終えてビンゴゲームの司会をしようとしているのだなと思ったら緊張しはじめてしまい、飛行機に乗って名古屋空港に、さらにバスで名古屋駅に着くまで、背もたれにまったく背中をつけず、手は膝の上に置いたままカチンコチンになっていました。しかも前の日飲んでいたわけでもないのに、胃袋がお腹にやさしいものしか受け付けなくなってしまい、晩御飯は駅でうどんを食べました。
名古屋といったらきし麺だったとあとで気付きました。気付いてから辺りを見回してみると名古屋の街はきし麺屋だらけでした。とにかく緊張していました。
しかし、どんなふうに過ごそうが、結局決戦の日は容赦なくやってきました。
朝、まずは名古屋から少々離れた奥さんの実家へと向かいました。名古屋駅から名鉄の乗り場を探し、目的地に止まる電車を確認して乗りました。もちろん初めての行程なので間違いなく着くか不安でアナウンスや通過駅の表示を確認したりしていたので、気になっているのに挨拶やビンゴゲームのことを落ち着いて考えることができませんでした。
奥さんの実家の最寄り駅に着きました。今度はそこから実家を探すわけですが、なかなかうまくいかず、結婚式当日バタバタしているところ本当に悪いなと思いながらも友人に電話を掛けて向かい方を訊きました。友人は迎えに来てくれました。
奥さんの実家の庭先には足場が組んであり、一面に紅白の幕が張られていて、近所の人たちが儀式を見るためにすでにかなり家の前に集まっていました。なんでこんな目立つ家を見付けきれなかったんだと落ち込んでしまいました。
友人に、長崎から来た今日の挨拶とビンゴゲームの司会をしてくれる友人ですと奥さんの実家の皆さんに紹介され、とても歓迎されました。
家の前に出てしばらく待っていると、儀式が始まり、実家から奥さんが花嫁衣裳を着て黒塗りの車に両親と乗り込み、式場に向けて出発していきました。それを見送った直後、いきなり足場の上からはっぴを着た人たちが家の前にいる人たちに向けてありったけのお菓子を投げてばら撒き始めました。その量たるや、荷物が増えるので見るだけで十分だと思っていた僕の所にさえ何個も飛んでくるぐらいの量で、結局僕もえびせんやらポテトチップスやらをたくさんキャッチしてしまいました。
近所の人たちは持ち寄っていた袋にお菓子を詰めて追々家に帰っていったのですが、持ち帰る場所のない僕はどうしようかと困っていると、奥さんの実家の人が、段ボール箱を持ってきて詰めてくれて、宅急便で送ってあげると言ってくれました。さらに、初めての街を式場まで大変だろうからうちの車に乗っていきなさいとも言ってくれました。奥さんの実家にもこんなにお世話になって、いよいよ今日は失敗は許されないなと緊張が高まりました。
式場へと向かう車の中で、
「どうだった?ああいうのは九州でもやるの?」
とか、
「花嫁さんの乗った車や、花嫁道具を載せた車は、縁起を担いで目的地に着くまで絶対バックしないんだよ。知ってた?」
とか、いろいろ話をしてくれました。その車の人はお腹がすいてもドライブスルーにしか寄れないのか、いや、ちょっと路肩に寄せて停車させてもらったりすればコンビニエンスストアに寄ることぐらいはできるか、とか余計なことを考えていたらまたもや挨拶とビンゴゲームのことを考えることができないまま式場に着いてしまい、しかも披露宴がうっかり始まってしまいました。
挨拶の不出来にがっくりしたまま、二次会の会場に一般の出席者より早めに向かいました。やがて現れたレンタル会社の人に機械の使い方を教えてもらいましたが、最新鋭のコンピューターやモニターをリモコンで操作するもので、メカ音痴の僕は覚えるのに手間取り、焦りましたがどうにか使えるようになりました。
あらかじめ、友人から進め方として、ビンゴになった人に用意された箱からクジを引いてもらい、クジの番号の商品を渡すという段取りも聞いていたのでこれでどうにか始められる状態になりました。徐々に席が埋まりはじめました。新郎新婦の会場到着も間もなくという情報も入りました。新郎新婦の幸せそうな顔、歓迎してくれて、しかも気をつかってくれた家族の人たち、それに対して挨拶を失敗した僕。これから死ぬわけでもないのに、いろんな場面が走馬灯のように頭の中をよぎりました。盛り上がるかどうかは僕次第。友人の記念すべき日のために、自分の頭の中の何かのスイッチをひねっていつもの自分を越えなくては負けだと思いました。
新郎新婦の登場をクラッカーで出迎え、挨拶をしてもらい、とうとうビンゴゲームを始めてしまいました。どうやら頭の中のスイッチはひねられているようでした。マイクを持って普段出さないような大きな声でやれリーチだビンゴだと、会場を所狭しと動き回ってインタビュー、クジを引いて豪華な賞品が出ると大喜びしたり、確か、ゲームのことを『嵐のビンゴゲーム』などと名付けて大騒ぎしていました。かなりの盛り上がりの中ゲームは進んでいき、参加者全員がビンゴになり商品が行き渡り、無事終了しました。そのときふと、おや?と思いましたが疑問は友人にあとでぶつけることにして、最後は主役の新郎新婦にしめの挨拶をしてもらって、二次会は感動的に終わりました。
「いやー、よかったよ。本当にありがとう。」
「山本、あのさ、ひとつ思ったんだけど。」
「何?」
「今日のビンゴゲーム、ビンゴした人からクジ引いて、商品持っていく。」
「うん。」
「だから、早くビンゴした人がいい商品とは限らない。」
「そうだね。」
「で、全員分商品あったからみんな何かをもらえた。」
「うん。そうだね。」
「あの、なんというか、その、僕が言いたいのは、ビンゴゲームしないで、最初から、クジ引いてもよかったんじゃないの?ビンゴゲーム・・・要らなかったんじゃない?」
山本は、あっと気付いた表情を見せたあと、少し考えてから、
「まあ、いいんじゃない。ね。よかったよかった、よかったよ。」
苦笑いを無理やり心からの笑いに変えたような引きつった笑顔で僕の肩をポンポンと叩きながら、嵐を吹かせる必要性があったかどうかについては濁しやがりました。
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