愛のために②−オクラホマ・エクスプレス−
十月の中旬。僕は北の大地北海道最大の都市、札幌に出張で来ていました。すでに金曜日をもって業務は終了し、あとは、翌日の昼まで、ありったけ北海道を満喫するだけでした。
金曜日の夕方、何気に札幌駅前を歩いていると、かの『どさんこワイド』の中継をしていました。九州の僕でも知ってるローカル番組。たしか、ハプニング映像ばかりを集めた番組で、中継中、素人さんが知り合いに電話してクイズかなんかに答えてもらうコーナーで、電話に出たこれまた素人が、「今、何してた?」の問いかけに、「ウンコしてた。」と答え、北海道ネットに放送されてしまった番組。これは何かしなきゃと思い、中継の後ろに行って、映って、映っている状況を確認するため、同じく札幌に出張で来てた後輩に電話した。間違いなく映っているようだった。
満足、しそうになったが、この簡単に映れる番組の距離感。サインをお願いしようかなと思って、急いで近くの文具店を探して色紙を買って、放送終了後撤収している現場のアナウンサーに、サインをお願いした。
「いいですよ。どこから来たの?」
「長崎です。」
「え!長崎!どさんこワイド、知ってるの?」
「知ってます。『ウンコしてた』の番組でしょ?」
「そうそう、すごいなあ、長崎の人も知っているんだ。」
アナウンサーは、『ウンコしてた』で有名なんだということを嬉しそうに周りのスタッフに話していました。
「ところで、サインはどう書いたらいい?」
僕宛に書いてもらうのもいいけど、そういえば、結婚を控えている人がいた!その人宛に書いてもらおう。きっと喜ぶはずだ。
「今度、結婚する人がいるんで、その人にお願いします。」
翌日、あとは空港行きの快速列車に乗って、夕方の飛行機で帰るだけでした。今は午前十時半。十二時過ぎの札幌駅発快速列車まであと二時間弱。どこかに観光に行くには時間がなさすぎるため、駅の近くをぶらぶらしておこうと思いました。
駅前広場では十一時からイベントがあるらしく、テントやらステージが設置され、係員が最後の点検をしているようでした。イベントの看板を見ました。ラジオ局のイベントでした。イベント出演者はラジオ局のアナウンサー、そして、「ラジオでおなじみのオクラホマ」と、書いてありました。オクラホマ。どうやら北海道を拠点とするお笑い芸人みたいでした。一度聞いたら忘れないインパクトのあるネーミング。見てみたい。どんな人たちだろう。ちょっと残りの二時間、北海道のこの人たちに賭けてみよう。そう思いました。
よし、また、記念にサインをもらおう。急いで文具店に走りました。走るといっても、北海道六日間の行程の資料や着替え、お土産がいっぱいに詰まったバッグを持っていたのでさすがの秋の北海道でも汗ばみました。
やっとのことで色紙を買うことができました。あとは、イベントが始まったら誰がオクラホマなのかを特定して、頃合を見てサインをお願いすればいいわけです。しかし、誰なのかよく知らないのにサインをもらおうだなんて、いくらなんでも失礼だ。そう思い、オクラホマについて少し知っておこうと今度は近くの本屋に走りました。テレビ雑誌を見てもなかなかオクラホマは見つからず、あきらめてイベント会場に戻るとすでにイベントが始まっており、そのチラシにオクラホマの顔写真が載っていました。チラシを見ながらオクラホマを探しました。なんと、オクラホマが会場をうろうろしていました。間違いなくオクラホマでした。なにしろ「オクラホマ」と書かれたたすきを掛けていましたから。
一人は存在感のある重心の低いがっしりした太り方で長髪で黒ぶちメガネ、もう一人は存在感を抑えたぱっとしない普通の感じの人でした。特に取り込み中ではないらしく、手持ち無沙汰そうに二人でうろうろしていたので、頼むなら今だと思いました。そして、どうせ頼むなら、同じく最近結婚した人がいて、昨日はとっさに奥さんの名前を思い出せなかったからやむを得ずサインをもらうのを見送った人がいたので、その人にメッセージを書いてもらおうとひらめきました。
僕は、北海道ということで、自分用に力強い文字で「ジンギスカン」と書かれた「ジンギスカンTシャツ」を買っていました。あ、そうだ。色紙は調達したものの、オクラホマのメッセージのある「ジンギスカンTシャツ」のほうが喜ぶだろうと思いました。
よし行くぞと思って色紙を持ってオクラホマめがけて突撃しようと思ったのですが、書いてもらう奥さんの名前が分からないんだった、と思って、突撃中でしたが急に真後ろに転回しました。本人に聞くのもなんなので、その人と別の友達に電話を掛けて確認しました。
「何でそんなこと急に聞くんですか。」
と、言われましたが、とりあえず名前は確認できました。自信を持ってオクラホマめがけて色紙を持って突撃しようと思い、離れたところでバッグを開け、色紙をしまってジンギスカンティーシャツを取り出しました。そして、今度こそオクラホマに突撃しました。
「すみません、サイン、欲しいんですけど。」
オクラホマは腰の低い芸人でした。
「あ、ああ、もちろん、いいですよ。」
「このTシャツに、この人達宛に、結婚おめでとうって書いてください。」
僕は二人の名前を書いたメモを見せてティーシャツとマジックを渡しました。
「ええっ、こんな上等なTシャツにサインしていいんですか。」
オクラホマは恐縮していました。本当にいい人たちです。
「いいですよ。よろしくお願いします。」
僕は今一度お願いしました。オクラホマの存在感のある方は、相方をかがませてその背中を台にしてティーシャツにサインをしてくれました。片方が終わると今度は入れ替わって今度は存在感を抑えた方がかがんだ相方の存在感のある背中を台にしてサインをしてくれました。
「どうも、ありがとうございます。」
Tシャツを受け取り僕はお礼を言いました。オクラホマはバッグを持っている僕を見て、
「どこから来たんですか。」
と、訊きました。僕は、
「長崎から来ました。」
と、言いました。オクラホマは、
「ええっ、じゃあ、僕らのこと知らないでしょ。」
と、言いました。僕は、
「いや、知ってます。ファンなんです。」
と、言いました。その気持ちに偽りはありませんでした。実際に、僕は、オクラホマの気さくさに、もうファンになっていました。
そんなことをしているうちに、孫を連れたおばあちゃんと思しき人が、有名人がいると気付き、孫のためにサインをもらってあげようと思ったらしく、オクラホマに寄ってきました。おばあちゃんがオクラホマに話しかけてきました。
「あの、サインくれませんか。」
「いいですよ。」
しかし、突然の有名人との遭遇で何も書くためのものがなかったらしく、しわくちゃのチラシをオクラホマに渡していました。孫の笑顔のために、一生懸命がんばるおばあちゃん。僕は共感を覚えました。何とかしてあげたいと思いました。しわくちゃのチラシは思い出としてはあんまりだろう。何かないかな。あ、そうか、色紙持ってるや。これをおばあちゃんにあげよう。僕はその場で座り込んでバッグを開け、色紙を取り出しました。
「あの、よかったらこれ使ってください。」
おばあちゃんは、
「あらー、ありがとう。いいんですか。」
と、本当に喜びました。孫も喜んでいました。ぼくはいいことができたと満足でした。
「いやいやいやいや!あんた、なんで色紙持ってるんですか!」
オクラホマ二人に同時に突っ込まれました。きっとボケとツッコミがいるはずのオクラホマに二人同時に突っ込まれました。よく考えたら確かにそうでした。色紙持っているのにあえてティーシャツにサイン、変です。おばあちゃんと孫にはいいことしたけどオクラホマはびっくりして突っ込まずにはいられなかったでしょう。素人がこんなボケをするとは思ってなかったでしょう。 何はともあれ、新婚の二組に素敵なプレゼントを贈ることができるようになり、おばあちゃんと孫にも喜ばれ、とても満足でした。それと、意図せずとはいえ、プロの芸人に二人がかりでツッコミをもらえたことにも満足でした。
一刻も早く、オクラホマからの幸せを届けてあげたくなって快速列車に弾むような気持ちで飛び乗りました。その数日後、
「オクラホマを知りませんが結婚祝いありがとうございました。うちの嫁はお笑いあんまり好きじゃないのですが、『でもありがとう』と言ってました。」
という、中途半端なお礼が電子メールで来るのですが、そんなことはそのときは知る由もないし、幸せいっぱいでした。
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