八つの宝玉
神戸での学生生活は、最初は関西で文化住宅と呼ばれる古い木造アパートに住んで、銭湯に通っていた。
最初はおっかなびっくり、不自然に股間をタオルで隠しながら入っていた風呂も、徐々にフルチンに慣れてきて、さりげなく手に持ったタオルで隠し気味だけど、あからさまに隠さないスタイルを身につけ出し、お風呂に入ること、銭湯に行くことが少しずつ日々の楽しみになってきたころの話。
銭湯は当時二百五十円。かわいい女の人が女湯に入った直後に男湯に入場して、五百円玉を支払うと、運がよければ、おつりとして、女の子が握っていた、ホカホカの二百五十円が返って来て、ちょっと嬉しかったりすることも覚えたころ。
いや、さすがに、タイミングが合えばのことで、玄関で待ち伏せしたりはしてませんよ?
神戸には銭湯の文化が浸透しているみたいで、界隈には風呂のない、木造の二階建て共同住宅である「文化住宅」が多く、みんな毎日和気あいあいとお風呂に入りに来ている。銭湯を出るときは「ありがとう」と、最初は聞きなれなかったが、『とう』を上げたイントネーションで言う。「「関西人じゃない人の関西弁、いらつく!」と嘉門達夫がテレビで言っていたので、関西弁はうつらないように細心の注意を払っていたが、この、銭湯を出るときの「ありがとう」だけは、皆のイントネーションと違って、銭湯のリズムを崩してしまわないように、関西人のそれを真似して「ありが・とう」を言っていた。
大学の友達も同じ銭湯。たまに銭湯内で会った。いつも服を着て会っている人が、すっぽんぽんなのに、当初違和感を感じて仕方がなかったが、徐々に慣れてきた。
ある日、けっこう銭湯が混んでるとき、僕が湯舟にフルチンになって入っていると、友達がフルチンで入ってきた。目が合ったので互いに目礼をした。友達はまずは体を洗うようで、銭湯の洗い場の椅子に座って持参のシャンプーと石鹸を前に置いた。
友達のフルチンを遠目に長らく見ていても仕方がないので、湯につかりながら、銭湯内の様子に目を移していたら、突然、友達の声がした。
「銭湯の人、呼んできて!」
とフルチンで。
見ると、なにやら、おじさん、子供、友達の三人がフルチンで揉めている。男の子は泣きわめいている。何が起きた?
「俺らは隣同士で体、洗うんや!」
おじさんがフルチンで怒っている。どうやら、友達がシャンプーと石鹸を置いて、共用の洗面器をとりに行っている間に、親子のうちの子供がそこに座る。親が隣に座る。友達は、シャンプー、石鹸を置いてたから自分の椅子だと主張して、子供に、そこをどくように言った模様だ。それでおじさんフルチンで激怒。僕が立場だったら諦めて別の場所に行ってたかな。
涙を流し、泣きわめくフルチンの男の子、怒っているフルチンのおじさん、困っているフルチンの僕の友達、友達から助けを求められてとりあえず湯舟から立ち上がって、オロオロしている新規フルチンの僕。みんなで金玉をブラブラさせながらフルチンが四人。どうしよう、とりあえず、言われた通り、銭湯の人を呼ぼう。僕は湯舟を出て急いで番台に声をかけるべく、脱衣場へ向かった。 と、呼ばれるより早く、騒ぎを聞きつけた銭湯の番台が中に入ってきた。
おじさんをなだめながら事情を聴く銭湯の人。銭湯の人だけが、服を着ていて、あとの人は真剣に取合っているけど、フルチン。金玉ぶらーぶらさせて。僕も行きがかり上、席を外せず、ふやけたフルチンでの事情聴取に長らく付き合った。もはや、さりげなく隠したり、恥ずかしがっている場合ではなかった。
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