第7話 白い人~包丁お化け
ホワイト・マン
花には最初、それが白い粘土の塊(かたまり)に見えた。
しかし、その白いモノはぐにゃぐにゃとうごめき、いびつな形で地面に転がっている。
花はその様子を見て、小さい頃に秋とテレビでみたクレイアニメのようだ、と思った。
直はその白い塊から視線を外さず、片手をあげ、花に「動くな」と無言で伝えた。
すると、その白い塊から四本の触手のようなものが生えた。それは次第に太く長くなっていき、徐々に手足のようになっていく。
「う、わわ…」と、思わず花が声をもらす。
白い塊は、首こそ無いものの、もはや人のような形になっていた。その白い人は猫背の姿勢で両手をだらりとぶら下げている。
「な、な、なに…あれ…?」
花は直に小声で問いかける。
「わかんねえよ…」
ずっと黙っていた直がやっと言葉を発するが、明らかにこんらんしている。それもそうだろう。自分の視線の先には得体のまるで知れない白いものがぐにゃぐにゃ動いているのだ。この状況を頭の中でどう処理すればいいのかわからない。
首の無い白い人は、気づけば一心不乱に屈伸(くっしん)をしていた。
「え、え、ちょっと・・・・何かしてるよ」
「うげえ・・・・あれ、何の意味があるんだよ」
二人がぼそぼそとささやき合っていると、次にその白い人は腕や肩のストレッチを始めた。
「わわ、なんでなんで…?」
「うおぉ・・・・き、気持ちわりい。動きに人間味があるのが余計にきついぞ」
「あれ…今度はアキレス腱(けん)のばし始めたよ」
「あいつ、頭おかしいんじゃねえのか?」
「・・・・そ、その頭がないんだけど」
花がそう言った瞬間だった。まるでその言葉に反応したかのように、ぼこん、と白い人の肩の間から新しく丸い塊が生えてきた。それはちょうど頭の部分にあたる位置で、その塊はぐにぐにと次第に人の顔の形に整っていく。
「わわわわわ…」
「うえええええ?」
二人は予想外の事態にパニック状態になる。
白い人は新しく生えた首をごきごきと動かす。そして踊るかのように全身の関節部分を曲げたり、ゆらしたりし始めた。
「なおくん、はやく、にげよう」
花がロボットのような口調でつぶやいた。
「お、おう」
直もなんとか返事をした。
しかし、そうは言ったものの二人の足が全く動かない。まるで磁石でくっついてしまったかのように足が地面から離れないのだ。
すると、最初からこちらの存在に気づいていたかのように、白い人がゆっくりとこちらを見た。そして、花たちと思いきり目を合わせる。
とはいっても白い人には目が無く、眼球があるはずの場所には、ドクロのようなくぼみがあるだけだった。
「ま、ず、い」
直が小さくうめいた。
白い人は頭をぼりぼりとかく。
すると、それは唐突に、こちらに向かって猛スピードで走り出した。その瞬間、二人はあの白い人が、なぜストレッチをしていたかを理解した。
「うわあああああああ!!」
二人は同時に叫び声を上げた。それがきっかけで、二人の足が地面から離れた。
花たちは急いで降りたばかりの中央階段をまた駆け上がる。
なんだかよくわからないけど、あれに捕まったら絶対にまずい気がする。きっと100人に聞いたら100人がそう答えるはず。
花の体はふわふわとして、走っている実感がない。まるで雲の上を走っているかのように、地面を蹴って進んでいる感触がないのだ。まるで夢の中にいるような気分だった。もちろん悪夢だけど。
しかし、花は激しく混乱していても、自分が息を切らしている呼吸音だけはなぜか鮮明に聞こえていた。とにかく、今は直の背中を必死に追うしかない。
――もう、どうなってるの!
②包丁お化けぷりぷり
「――何だか、少し寒いですね」
桜子がつぶやく。秋も旧校舎に入ってからは涼しいなとは感じていたが、それが先ほどからは肌寒いと言えるくらいまでになっていた。
「うん、確かに寒いね」
秋は窓の外を見る。心なしか薄暗い気がするが、太陽が雲に隠れたのだろうか。
「先生がいなくなってから、急に寒くなったように感じるけど」
そういえば、さっき玄関の扉の閉まる音がやけに大きく響いたな、と思い返す。
「あ、そういえば」
桜子は自分の鞄をごそごそと探ると、中からカーディガンを取り出した。
「真夏にそんなもの持ってきてるの?」
秋は驚いて聞く。
「冷房が効きすぎている場所に行ったときにも着られるように、いつも持ち歩いているんですよ」
桜子はもぞもぞとカーディガンを羽織りながら説明した。
「そっかあ。何なら俺のジャージ貸そうと思ってたけど、それならいいね。そもそも俺のジャージなんて借りたくないか。汚いし。臭くはないはずだけど、多分。おそらく」
秋はそう言って笑ったが、桜子は「え・・・」と言うと、どこか悔しそうな顔をする。
「そんなことないですよ。秋くんのだったら・・・」
桜子は恨めしそうに自分のカーディガンを見つめた。
――突然、どこかで悲鳴が遠く響いた。秋と桜子は顔を見合わせる。
「なに?今の?」
「悲鳴、ですよね?」
「あの声って・・・・」
花と直だ。
「何で悲鳴が起こるわけ?何か悲鳴を上げるようなことがあったのかな」
「そうなりますよね。まさか・・・泥棒とか?」
「まさか。もしかして、悪魔の絵でもみつけたのかな」
秋は努めて明るく言った。こんな所に泥棒なんて入るわけがない。秋はこの地域の治安の良さは日本一だと思っている。良くも悪くも何も起こらないことがこの町の特徴なのだ。あるのはせいぜい老人を狙った、布団やソーラーパネルのセールスくらいだろう。
しかし、先ほどからの肌寒さが、今の悲鳴を薄気味の悪いものに感じさせた。漠然とした不安感が秋を襲う。その証拠に、さっきから胸の鼓動(こどう)が早くなっている。
何だろう、この感じは。
「一応、様子を見てきましょうか」
そんな秋の気持ちを察したのか、本を机に置いて桜子が立ちあがる。もしかしたら桜子も同じことを感じたのかもしれない。
「そうだね。そうしようか」
そこで秋は靴ひもを結び直した。なんとなく、そうしておかなければいけない気がしたのだ。
「よし、いこう」
秋は桜子と連れ立って図書室の扉を開けた。
「――へ?」
二人は同時に声を上げた。
図書室から出ると、校舎内の様子が一変していたのだ。
廊下を見渡すと、先ほどまではなかったはずの「廊下は走らない」「校内はきれいに」等のポスターや、図書室の会報、校内新聞などが壁に貼られている。
更には「家庭科室」「理科室」といった教室の札や、生徒が描いたであろう絵や習字の作品までもがいつの間にか掲示されていたのだ。
校庭からは大勢の生徒たちが遊ぶ声や、ボールの跳ねる音が聞こえる。校舎のどこかでは合唱をしている声まで聞こえた。
気がつけば、ざわざわとした喧騒(けんそう)が校舎を包んでいた。
――それはまるで、校舎が旧校舎になる前の姿を取り戻したかのようだった。
「・・・・何これ?」
秋はぽかんとしながらつぶやく。
「先ほどまでは、なかったはずですよね」
桜子もあっけにとられたように周りをみている。あまりにも突然のことで、二人はまだ状況を理解できていなかった。そもそも、理解できるわけがなかった。
「あ――」
またしても二人同時に声を出す。
ふと、体育館の廊下の角に目をやると、そこから何かが顔を出してこちらをのぞいていたのだ。
そしてそれは秋たちと目が合うと同時に、さっと顔をひっこめてしまった。
「い、今の、見た…?」
秋が桜子に聞く。
「え、ええ。私の見間違いじゃなければ・・・」
桜子はとまどった様子で答えた。
「良かった。俺だけ見えたのかと思った」
「私もです。ということは、どうやら見間違いではないみたいですね…」
「そうみたいだね…」
秋はじっとそれが顔を出したところを注視する。少しの間、二人は緊張しながら待ってみたが、それがまた出てくる気配はない。
「…出てこないね」
「…そうですね」
これだけの会話で、少し緊張がやわらいだ。それをきっかけに二人は一気に話し始める。
「なんだったんだろ?」
「さあ。動物みたいでしたよね」
「うん、毛むくじゃらだった」
「一瞬、着ぐるみかとも思いましたけど」
「確かに。俺はあれに似てると思ったよ。ファービー人形?だっけ?」
「なるほど。私はファルコンかと思いましたよ」
「あー。ネバーエンディングストーリーに出てくるやつだ」
「前に桃子と見ましたよね」
「うんうん。桃子、気に入っちゃってDVD買ってたよね」
「でも、二作目はいまいちでしたね」
「いまいちだった。でも俺は三作目は好きだなあ」
まるで、さっきの出来事をなかったことにするかのように二人は話し続ける。
すると突然、背後から、がたんという物音がした。
二人はすばやく後ろを振り向く。するとそこには、先ほどこちらをのぞいていた毛むくじゃらの生き物がおり、その生き物のそばにはごみ箱が倒れていた。
改めて二人はその生き物の姿をはっきりと見る。
その生き物には体が無く、顔に手足が直接ついているようだった。その足も足首から先だけが顔についている感じで、まるで漫画のキャラクターのように奇妙なアンバランスさをしていた。
そして、さらに信じられないことに、それはふわふわと宙に浮いている。
秋は前に見たクリスマス映画を思い出した。光にさらしてはいけない、水に濡らしてはいけない、かわいいけど恐ろしい生き物の映画だ。
その生き物は自分が倒してしまったゴミ箱をあわてて起こそうとしていた。
「――ぷりぷり」
その生き物はかわいい声を出しながら、ゴミ箱を元に戻した。そして今度は雑な手つきで、落ちている紙くずやプリントを拾い始める。
「・・・・えぇ?」
桜子が気の抜けた声をもらした。さすがの彼女もこの事態を頭で上手く処理できていないようだ。
「…ぷりぷり」
その生き物は拾った紙くずを、なぜか左手だけ使ってゴミ箱に入れようとする。しかし、そのせいでぽろぽろといくつか入れそこねている。
「ぷりぷりぃ」
その生き物は落とした紙くずを拾い、もう一度入れようとしたが、またこぼしてしまう。それなら両手を使えば良いのに、どうやら右手は何かを持っているせいでふさがっているようだ。
「ぷりぷりぃ・・・・」
かなしそうな顔をしながら落とした紙くずを拾うその姿をみて、思わず秋は少し吹き出してしまった。
「か、かわいいよね」
「そ、そうですね」
桜子は引きつった表情を浮かべたままうなずく。
秋も余裕のあるようなことを言ってはいるが、これが現実に起こっていることかどうかについては、考えることができなかった。半ば夢現(ゆめうつつ)でこの状況をみているせいか、なぜか心には少しだけ余裕がある。
というよりも、余裕がないからこそ余裕があるという矛盾した状態に陥(おちい)っていた。
「何だかほんとにぬいぐるみみたいだね」
「え…ええ」
桜子は顔を青くさせながら、ぎこちなく応える。
「…どうしたの?」
秋はさっきから体を強ばらせている桜子に対し、心配してたずねた。
確かにこの状況は普通ではない。しかしそれは恐怖を感じるような類のものではなく、ただ不思議なだけだ。ものすごく、不思議なだけ。
だが、桜子が見せているのは明らかに恐怖の表情だ。
「あの・・・・」
桜子は遠慮がちに声を出す。それはあの生き物を刺激しないように配慮しているようだった。
「なに?」
秋も桜子に合わせて小声で聞き返す。
「その生き物の・・・・右手」
そういって桜子はゆっくりとその生き物の右手を指差した。そういえば、ゴミ拾いにばかり気が向いていて、あの生き物が何を持っているかなんて気にしていなかった。
秋はその生き物の右手に注目してみた。
――そして次の瞬間、戦慄した。
その生き物は右手に巨大な包丁を持っていた。
その包丁は錆びや刃こぼれでボロボロだったが、赤黒いワセリンみたいなものがべったりと付いているせいで妖(あや)しく光っていた。
しかし、秋はその正体をすぐに理解した。
あれは・・・血だ。
そう意識したとき、ぞくりと背筋が凍りついた。まるで背中に氷のかたまりをいきなり突っ込まれたかのようだ。体中にぶわっと鳥肌が立つ。
「うへぇ・・・・」
思わず秋は間の抜けた声をもらした。
何で今まで気づかなかったんだ。あんなにでかい包丁、いやでも目に入るだろ。
そこで、秋は一つ疑問に思う。
「あ、あいつさ…何で俺たちの後ろにいたんだろ?」
ゴミ箱を倒してしまったのは、恐らくあの生き物の予想外だったはず。
そうだとしたら、まるであいつは俺たちに気づかれないように近づこうとしていたみたいじゃないか。
――あんなに大きな包丁を持って。
すると桜子は、そんな秋の心を読んだかのように顔を青くしながらうなずく。
「つまりは…そういうことでしょうね」
「そ、そういうことって・・・・まさか。あんなかわいいビジュアルでそんなことするかな」
秋はそう言いながらその生き物を見る。そろそろゴミを拾い終えそうだ。
しかし秋には、ぷりぷりと言いながらせっせとゴミを片付けるその姿が、先ほどまでとは違い、とてつもなく恐ろしいものに見えた。
「片付け、終わりますね」
桜子は淡々と状況を説明する。そうでもしなければ冷静を保てないのだろう。
「…そうだね」
秋は逃げ道を目で探す。あの生き物がいるため、体育館の入り口からは逃げられない。図書室に戻って窓から逃げようかとも考えたが、手間と時間が掛かりすぎる。カギをかけて籠城(ろうじょう)なんていうのも恐ろしくて考えられなかった。
そうなると、裏口からだ。
このまま後ろを振り向いて走って行けば、廊下の突き当たりに裏口がある。そこから外に出られる。そこまで少し距離があるが、とにかく走るしかない。
問題は裏口のカギだ。開いているのか閉まっているのかわからない。閉まっていたらアウトだ。
「桜ちゃん、裏口のドアってどうなってるの?」
「外から入る場合はカギが必要ですが、中からはひねるタイプのカギがドアノブに付いています」
桜子はのどをこくりと小さく鳴らして答えた。
「それは…たしかに?」
「ええ。体育館に入るとき、先生と裏口から入ったので確認しました。たしかです」
二人はじり、と、つま先に力を込める。暑くもないのに、嫌な汗が秋の背中をじとりと湿らせた。
「合図・・・・出そうか?」
「・・・・お願いします」
深呼吸をして、秋が合図を出そうとしたその時、その生き物は前触れもなくすうっと秋に近づいた。
そして手に持っていた包丁を秋に振り上げる。
「ぷりぷりぷりぷり!!」
秋は突然のことに声を上げるのも忘れて、反射的にバックステップで素早く二歩下がった。
ヒュ、と空気を切り裂く音と、桜子の小さな悲鳴が秋の耳のすぐそばで聞こえた。
そして秋は、その目で自分の顔前に包丁が通過したのを見た。とっさに後ろに下がっていなければ、それは確実に秋の顔を切り裂いていた。
――あっっぶねぇ!今のよけてなけりゃ鼻が真っぷたつだったぞ!
いつの間にか汗はひいていた。秋は桜子に向かって叫んだ。
「い、今のが合図ってことで!」
桜子はスタートを切って走り出した。次の瞬間、すでに桜子は秋の数メートル先にいた。その瞬発力に、秋は余裕がないにも関わらず「すごいな」という感想を抱いた。
そして、秋も少し遅れて桜子の後を全力で追う。足の早さには自信がある。桜子もしなやかなフォームでぐんぐんと前をいく。
ぷりぷりぷりぷり!!
後ろからあの生き物が追いかけてくるのがわかる。というか声が聞こえる。
桜子が先に裏口に着き、ドアノブについたカギをひねったところで秋も追いつく。
「この扉って押すの?引くの?」
「引きます!」
二人で扉を開け、外に飛び出す。そして急いで扉を閉めようとする際に、秋はあの生き物が、こちらに向かってものすごい形相で飛んでくるのを文字通り見た。
「わああああああぁ!」
二人は叫びながら扉を閉めると、桜子がポケットからカギを取り出す。そして震える手で何とかドアノブにカギを差し込むと、そのまま半回転させた。
がちゃりとカギが閉まる音と共に静寂が訪れた。
「はあ・・・・」
秋が扉に手をついて安堵(あんど)のため息をついた瞬間、ガン!というとてつもなく大きい音が響いた。
見ると、扉から包丁が生えている。そしてその刃先は秋の顔に突き刺さる寸前で止まっていた。
はらり、と秋の前髪が数本落ちた。それを見て秋の思考は一時停止し、その場で固まったまま立ち尽くす。あやうく失禁するところだった。
――扉を貫通させるって、マジかよ!
ぷりぷりぷり…。
扉の向こう側からあの生き物の声が聞こえる。ドアノブについているサムターンを開けようとする音が聞こえるが、上手くいかないようだ。
しばらくすると、その音がやんだ。
そして、ずずず、と包丁がゆっくりと引っ込んでいく。すると包丁が引き抜かれた後にできた穴から、ぼそぼそとつぶやく声が聞こえてきた。
「…ちっ。あと少しだったのに」
全く感情の込もっていないその声に、秋は心底ぞっとした。
「まあいい。次に会ったときは・・・・」
そう言い残して、その生き物は「ぷりぷりぷり・・・・」と低い声を出しながら、ゆっくりと遠ざかっていった。
こ、怖ええええぇ!
恐怖と安堵で秋のわきと背中から汗がふき出した。
「こ、ここ、怖いよ!何あれ!?」
「さ、さあ…?」
桜子も気が動転しているのか目の焦点が合っていない。思えば桜子はあの生き物と遭遇しても叫び声一つ上げていなかった。
「桜ちゃん、大丈夫?」
「・・・・え、ええ」
全然大丈夫ではなさそうに桜子はうなずいた。
「ほんとに?」
「身体という意味でなら大丈夫です。精神的にと聞かれたらちょっと・・・・」
「だ、だよね」
二人はその場にへたり込んだ。その場といっても何となく扉からは二歩後ろに下がったところでだが。
「あれって、何だったんだろ」
一息ついて、改めて秋はつぶやいた。あんなの、完全に常識外だ。桜子も同じものを見ているわけだから夢でもないらしい。
「…こんなこと言うと、笑われるかもしれませんが」
桜子が静かに断りをいれる。
「なに?」
「これと似た話が旧校舎のうわさでありましたよね?」
「あ――」
秋は今日の朝、自分が直に話したうわさ話を思い出した。
「まさか・・・・あれが包丁お化けぷりぷり?」
というか、確実にそれだ。そうとしか考えられない。あのセリフといい、あの包丁といい。
でも、あんなに怖いなんて聞いてないぞ。何がぷりぷりだよ。
「多分そうですよね・・・。うわさ話とまるで同じですし」
しかし桜子は、そう言っておきながら半信半疑といった様子だ。自分の言っていることがあまりに非現実だと自覚しているのだろう。
「さっきまでの俺なら信じなかったけど、今の俺は完全に信じるよ」
秋はさっきの出来事が現実的かどうかはとりあえず置いておくことにした。
「私はまだ信じられないですけど」
「でも、実際にこんな目に遭っちゃったわけだしねえ・・・・」
「そうですよね・・・・」
桜子は疲れたように目頭を押さえる。桜子には少し刺激が強すぎたのかもしれない。というより、あれは誰にでも刺激が強いだろう。
「しっかし話で聞くのと、実際に見るのって全然ちがうんだなあ」
秋は「百聞は一見に如かず」という言葉を、改めて思い知った。それは、直と出会ったとき以来だ。
「俺、今度ぷりぷりに会ったら、泣きながら思いっきり蹴り飛ばすよ」
秋はそう言うと、強がりながらファイティングポーズをとった。しかしまたぷりぷりに会ったら、逃げ出すことは間違いないだろう。
そんな秋を見て、桜子は弱々しくもほほ笑んだ。
「良いですね。その時は私も参加します」
そう言う桜子を見て、秋は安心する。
「そう言えば桜ちゃん、全然声上げなかったね」
「ああ。それはあまりに驚きすぎて、声を出す余裕がなかったんです」
「そういうことか」
驚き方にもその人の性格が出るんだなあ。花だったらきゃーきゃー言ってるだろうに。
――もしかしたら、あの二人も何かに襲われたんじゃないのか?
「…秋くん」
そんなことを考えていた秋に、桜子が声を掛ける。秋が桜子をみると、彼女はいつの間にか扉を背にして、グラウンドを見ていた。
「なに?」
秋もくるりと桜子と同じ向きに体を動かす。そして、ぽかんと口を開けた。
「・・・何だ、この空?」
今はきっとお昼の三時頃のはず。しかも今は真夏だ。日の入りなんてまだまだ先だろう。そもそも真冬だってまだありえない時間だ。
しかし、秋が目にしたものは、もうすぐ夜になるであろう予兆を含んだ、黄昏色に染まった空だった。
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