第6話

 リーマンショック、今のコロナと同じほど世界が変わった年だった。携帯電話のアイコンの作成や工場レーンの機械のマニュアルの制作などメーカーの下請けの仕事に携わっていた弘樹は、予算と期限の制限に押し潰されそうになっていた。祥子がコウを産んでしばらくした時。それは突然。


 弘樹は会社へ出向くと腹がしぶるため、帰宅するようになった。祥子と母親とコンビニの握ったおにぎり以外が食べられないほどの潔癖性だった。公衆トイレの利用ができない弘樹は駅4つの通勤も困難になってきた。


 近くに心療内科があったので祥子は弘樹に付き添って行った。もちろん祥子が代弁者。


 過敏性腸症候群ぐらい書いておこうか、2週間ぐらいでいい?おじいちゃん医師は看護師から見ても都合の良い先生だった。

郵送の手配も終了し、社長からの罵倒も祥子はひとり受け止めた。会社との窓口も祥子。


 伸び続ける診断書、弘樹は辞めたいと呟いた。専業主婦の危機。収入は数割減った傷病手当。それでは足りない。


 祥子は看護協会の復職支援セミナーへ申し込んだ。1日の研修をマンション近くのリハビリ病院で受けた。今までは実習や臨床で感じていた死が常にある空気がどうしても馴染めなかった。リハビリ病棟は急変があったとしても転棟するため死期を予測することもない。またリハビリゆえ一定期間で退院または施設へ転所することで患者に流れがあった。

病院で働けなかったのは人間関係のせいではないと知る。


 祥子はこの病院でパートをすることに決めた。そして保育園を確保した。

中途入園は難しく春を待っての内定を決めた。


 春になっても弘樹は食事以外寝室で部屋の壁の角を見続けていた。旦那在宅症候群。祥子は何よりは弘樹が会社に出た後の1人だけの自由が好きだった。ストレスかフラストレーションなのかが湧きたっていた。そこへ働くという出口をみつけた。


 一方の弘樹は逆に妻が働きに出ること、子どもを抱きしめたいが体も気持ちも動かないもどかしさにさいなまれていた。そして島根の母親から1本の連絡があった。福島県の祖父の肺気腫が良くないので見舞いに来ないか。という軽い連絡だった。祥子は弘樹を送り出した。ギリギリまで悩んだ挙句、弘樹は福島へ発った。


 弘樹は手土産を買って、何を話そうか考えていた。しかし通された病室にいる祖父は膝から崩れ落ちそうになるほど憔悴しきっていた。「弘樹か、来てくれたのか、遠いのにありがとう」酸素マスクから溢れる小さな祖父の声は弱々しかった。小さい頃は父親のように可愛がってくれた祖父なのに。祥子とは携帯で連絡をとりあい10日ほど福島に滞在した。通夜葬儀を執り行うのに自分が必要とされていると自覚したからだ。


 祥子は福島から帰って来た弘樹の艶やかさを、違った人物を見るように歓迎した。

手ばなしに鬱から脱却できたのだと心から喜んだ。それからは弘樹は就職活動を始めた。

どうしてもデザインをしたい、前職より良い会社に勤めたい。残念なことに弘樹のアイデアは祥子からみて陳腐なものだった。これは元気になったのではない。カラ元気。躁転、かつて自分が周りに迷惑をかけた病状を呈していた。


 祥子は時間に身を任せ弘樹を新しい環境へ送り出し、自身も働き始めた。崩壊が始まった。


 




〜〜clubhouseを過ごす母親に「神絵師になる」と宣言したコウはだいぶ心を開くようになった。中学の入学を控え校則への対応策、イメージ戦略を母に相談していた。また母親は機嫌がよくコンタクトレンズを一緒に買いに行ったり、好きな洋服屋の服を買ったりできて嬉しかった。


「何より塾を辞めていい、成績は気にしない」といってくれた事。美容皮膚科へも付き添って傷と向き合ってくれた事も。ただ相変わらず母親は携帯に向かって見知らぬ人達と楽しそうに話しているのがちょっぴり寂しいとと思っている。 


 祥子は癒しカフェなるclubを立ち上げる。その頃に余白すぎるオトコ大吾と、隙間ないオトコ涼と出会う。


 大吾は今は文章を作りながら、某外資系のテレワークを生業としていた。愛犬ペンちゃんと長崎で。テレワークは彼のたぐい稀なる集中力で手みじかに行われ、残った時間、創作活動やペンちゃんとの戯れ時間、桃太郎電鉄、空想にふけっていた。寝る時間も短く疲れたら横になるといったショートスリーパーで熟睡感を得ている印象はなかった。


反対に涼は元海上自衛官で事業家、多種多様な会社や事務所の代表を務めていた。名古屋で母親とふたり暮らしていた。働けない人が働ける世の中の実現、つまりニートやシンママに仕事を与える隙間産業だった。顧客に寄り添い丁寧に関わるゆえ食べて寝てタバコを吸う以外は自分時間はまったくなかった。しかし睡眠時間はしっかりととっていた。





 







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