程度の問題
ミーンミーンと蝉の鳴き声が夏の暑さに拍車を掛ける。
「程度の問題なんだ」
男は突然思いついた様に言った。
その男の服装は全身が黒く、夏だというのに長袖で、ご丁寧に革の手袋までしていた。
隣にいた友人は「どういう事だよ?」と顔をしかめる。友人の服装も男と同じく黒で統一され革の手袋をしている。唯一違うとすれば、最初の男は夏にも関わらず涼しい顔をしてみせている事。
友人の方はさっきから「暑い暑い」と弱音を吐いてアイスに齧り付いていた。彼が食べているアイスは有名なソーダ味の氷菓子だった。パッケージにはガキ大将の様なキャラクターが印刷され、タンクトップ姿で笑っている。
暑い暑いと文句を垂れる友人などお構い無しに男は、「例えば、お前が今持ってるそのアイス、一口くれと言ったらどうする?」と、友人に聞いた。
「なんだよアイスが欲しいなら早く言えよ」友人は木の棒に刺さった、いわゆる棒アイスを男の前へ差し出した。
男はそれを受け取り「サンキューな」とアイスを受け取った。冷たい感触が歯に滲みる。だが、男はそれをものともせずアイスに齧り付いた。
「ちょっ、お前食い過ぎだろ」
男の一口は友人の予想した3倍大きかったのだ。
男は齧ったアイスを口に入れたまま、悪い悪いと軽く謝りながら歯形が付いたアイスを返した。
「あーぁ、……お前どんだけ食うんだよ」
友人は残ったアイスを見て落胆した。
男の歯形がしっかりと残り、木の棒がほとんど見えている状態だった。
「まあ、そう気に病むなって。お前のアイスを沢山食べたのには理由があるんだよ」
口の中のアイスを咀嚼し飲み込んでから、男は饒舌に話し出した。どうやら、男もアイスを沢山食べたという自覚はあった様だ。
「いいか、俺はお前に一口くれと言ったな」だろ?と、男は友人に同意を求める。
「あぁ、そうだ。だけどお前があんなに食うなら俺は鼻っからやらなかったけどな」
友人は悪態を吐いて残ったアイスに齧り付き全て食べ切った。
「そう、そこが重要なんだ」
男は友人の機嫌など知らないと、無視をして話しを続ける。
「俺の一口は一口に変わりない。それはお前も認めたな。ただ、俺とお前とでは一口の量に対する食い違いがあったんだ。それが程度の問題だ」
「程度の問題?」
「そう。例えば、あのとき俺があのアイスを、お前が想定していた量を食べていたらお前は怒らなかったんじゃないか?逆にお前の想定した量より少なかったら、お前は俺にもう少し食えよと勧めた筈だ」
「まぁ、確かに言われてみればそうだろうな」
特別友人もケチな訳ではない。適正量を食べていればこんなにも怒る事はなかっただろうし、男の言う通り逆に一口が少なかったらもう少し食えよと勧めていたに違いない。
「で?」
友人は納得した様な、してない様な顔で男に疑問符を挙げる。
「で?それと俺たちの今この状況にどんな関係があるんだ?」そう言って、友人は視線を下に向けた。
視線の先には死体が一つ転がっていた。
老人が苦しそうな顔をして頭から血を流し、事切れていた。
彼らは二人組の強盗犯。
高齢者の留守を狙うのが彼らの犯行手口だった。
今日も人気のない、そこそこ金を持っていそうな老人の家を見つけその家に忍び込んでいた。
しかし、運悪いことに彼らはその家の家主に遭遇してしまった。
「アンタら何者かね?警察呼ぶとよ?」
家主の老人は強盗2人を見つけるなり、すぐさま警察に通報しようとした。
このままでは捕まる。そう考えた時には、男の体が先に動いていた。
「なんね。なにしとんね」
男は老人の身体を押さえつけ、口に手を当てて黙らせようとした。
老人も必死に抵抗する。「うぅー、うぅー」と呻き声を上げながら男の身体を振り解こうとした。
けれど、年寄りが若者に敵うはずもなく、ジタバタともがく事しかできなかった。
この状況に終止符を打ったのは、友人だった。
手近にあった灰皿で老人の頭を殴ったのだ。
……別に殺すつもりがあった訳ではない。
単純に気絶させて口封じをするつもりだった。
けれど老人は呆気なく死んでしまった。
それから2人は、金目の物をある程度物色したが、タンスからは現金が少しばかりと、ろくに貯金されていない通帳を見つけただけで、しょぼくれた。
そして、この後の身の振り方を考える為、老人の家でくつろぎ、冷凍庫に入っていたアイスを食べながら、さっきまでのあの話をしていたのだ。
「で、結局俺らのこの状況と、お前の程度の話?ってのは、何が関係あるんだよ」
「お前、1人殺したら人殺しって言葉知ってるか?」
「あァ? そんなもん当たり前だろ。1人殺そうが2人殺そうが人殺しじゃねーか。現に俺は今しがた人殺しになっちまったよ。孤独な老人一人殺してな。言っとくがお前も共犯だぞ」。
友人は男の話す意図を読み取れず、少し苛立っている。
男はそれを聞いて「お前は何も知らないな。チャップリンだよチャップリン。喜劇王チャップリン」と、得意げに笑ってみせた。
「1人殺せば人殺し、10人殺せば殺人鬼、100人殺せば英雄にって有名な言葉があるんだよ」
「チャップリンだが、プッチンプリンだが、知らねーけどよ。なんで、100人殺すと英雄になれるんだよ?」
「お前は馬鹿だな。お前には教養がないんだ。そんなんだから強盗なんかやってるんだよ」
「お前もだろ。いいから勿体ぶらずに言えよ」
「いいか。一人殺すってのは普通の人殺しだ。そんでもってそれが10人ともなれば立派な殺人鬼。マスコミが黙っちゃないだろうな。連日各所で報道されるだろう。そんでもって100人ってのは戦争なんかで敵兵を倒した時の数だ」
友人は男の説明を聞いて尚、男の意図を理解できず「だから?」と間の抜けた顔で聞いた。
「分からねぇ奴だな。いいか、同じ人殺しでも、その時の情勢や倫理、価値観なんかで大量虐殺者が英雄になれるって事だよ」
「あぁ、なるほど」友人はやっと男の話を理解した様だった。
そういうと、男は台所を物色し包丁を手に取った。
ステンレスでできたそれは光を反射させ、男の顔を覗かせる。
笑いが止まらないようだった。
「サックと殺して俺たち英雄だ」
そのまま人通りの多い夜の繁華街へ2人は消えた。
その後、聞こえてくるのはおぞましい程の悲鳴と愉快な笑い声が2つ。
 ̄ ̄ ̄ ̄
「〇〇区で傷害事件が起きました。多くの負傷者が出ている模様です」
アナウンサーは書き起こされたばかりの原稿を必死に読む。
「現場の△△アナ」スタジオのアナウンサーの呼びかけで画面が現場に切り替わる。
「はい、現場の△△です。非常に凄惨な事件が起こりました。これから写る映像はとても痛ましい映像です。気分を害する方は視聴を控えください」
カメラはこの凄惨な現場を伝えようと必死で辺りを撮影する。
道路や標識、町中の至る所に血がベットリとこびりついている。辺りにはぐったりと
「犯人は2人と見られ、以前逃亡中……」
中継の途中で突然、画面が現場からスタジオへと切り替わった。
ひどいシーンが続いたからではない。
理由はこれから読み上げるアナウンサーの原稿の内容によって明らかになる。
「えぇ、ここで速報です。ここで速報です。つい先ほど、✖︎✖︎地方全域で、とても強い地震がありました。とても強い地震がありました。地震の最大震度は7、地震の最大震度は7、被害状況は次の通りです」。
テレビ画面全体に震源地を表す図が現れた。
スタジオのアナウンサーは、心なし慌てながらも、日頃訓練されているのか、至って冷静に、さもそれが最初から予定されていたかの様に番組の進行を続けた。
「本日は、番組の予定を変更してお送りいたします」
どこのテレビ局もそうだった。
彼らの犯行がその後報道される事はなかった。
要は程度の問題である。
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