ドッキリ大成功! 

 自分の人生に一体どんな価値があるだろう?って考えたことない?

 高校2年生の俺はたまに考える。

 別に病んでいる訳じゃない。

 けれど、自分は一体何者なんだろう?とか、何のために生まれてきたんだろう?って、ふとした時に考える。


 人はそれをモラトリアムと呼ぶらしい。

 大人はこぞって、アイデンティティの確立をする時期なんだと言った。

 子供が大人に変わる時期。

 その期間にたくさんのことを経験しなさいと大人達は言う。


 けれど高校生の俺はそう言った、その他大勢の様な大人にはなりたくはなかった。

 だってそうだろ?

 毎朝早くに起きて身支度を整えて満員電車に乗る。そしてよく分からない仕事をダラダラこなし夜遅くに帰宅する。

 そんな生活の何処に幸せがあるというのだ?

 俺は好きなことで生きていきたい。

 そう。それこそ俺にしかできないなにかをして。

 俺にだけ与えられた何かがあるはずだ。


 俺はそこで思いついた。

 そうだ、YTuberになろう。

 YTuberとは、 YTubeという超有名動画投稿サイトに動画を投稿して人気を得ている者たちだ。

 彼らは動画の視聴回数とスポンサーからの支援で収入を得ている。

 大物YTuberともなれば稼ぐ額は軽く億を超える。


 思い立った俺はすぐさま機材を取り揃えた。

 カメラに編集用のパソコン。

 とりあえずこの2つがあれば動画は作れる。


 カメラの録画ボタンを押して撮影を始める。

「あ、ど……どうも。えっと……これからオモシロ動画沢山撮っていくんでみんなよろしく。チャンネルの登録お願いします。」

 いざ撮影するとなると、何を話していいか分からず頭の中が真っ白になる。

 これからは台本を書かないといけないと思った。


 その後もいくつか動画を撮って編集をしてYTubeに投稿した。


 けれど、俺の投稿した動画の視聴回数は芳しくなかった。

 最初の自己紹介と題した動画は視聴回数28回。

 その後に撮ったコーラ一気飲みが61回、コンビニのお菓子片っ端から食べてみたが46回だった。

 俺は頭を悩ませる。

 これまで見てきたトップYTuberの動画はどれも楽し気に簡単そうに撮られていたが、裏では企画を考えて撮影をして編集をするという大変な労力があって成り立っているのだと身をもって知った。


 このまま続けても上手くいかないかもしれない。

 いっその事こと辞めてしまおうか。

 けれど、ここで辞めてしまうとつまらない大人と同じになってしまう。凡人という2文字が頭をよぎる。

 そう、考えていた時だった。

 ふと、テレビ番組が目に入る。

 ドッキリ番組が放送されていた。

 ターゲットである無防備のアイドルに、後ろから仕掛け人の知らないおじさんが、両手で目の当たりを覆い「だーれだ?」と、問いかける。

 アイドルは声を頼りに「マネージャーさん?」だとか「芸人の〇〇さん!」と元気に答え、いざ目隠しを外され後ろを振り向くと全く知らないおじさんが無表情で立っていて、それに驚き腰を抜かした。

 アイドルは突然のことに身体が震え出し、涙が出ている。

 口をぽかんと開けながら声にならない声をあげていた。

 少しして仕掛け人の芸人がニヤニヤ下品な笑みを浮かべながら「ドッキリ大成功‼︎」のプラカードを出しにやってきた。ドッキリと気付いたアイドルは安堵の顔に変わる。

 スタジオでそれを見ているタレントがゲラゲラ笑い声を上げていた。

  俺はそれを見て、ドッキリを撮ることに決めた。


 次の日街に出てターゲットを探した。

 ちょうど良いところにベンチに座りスマホを弄る女性がいた。彼女にしよう。俺は彼女が遠目でも分かるところにカメラを設置し録画を開始した。

 そして、彼女の背後へと周り両手で目を覆う様にして「だーれだ?」と耳元で囁いた。

 女性は「えっ?」と言ってから動かない。

 頭の中で何度も声の主の検索をかけるが出てこない。

 突然背後から目を覆われて知らない男の声がする。女性は動揺して震え出し声すら出せなかった。


 見兼ねた俺は両手を彼女の目から離し「ドッキリ大成功!」と彼女にネタバラシした。

 すると、女性は「えっ、あ、……え?」と戸惑った顔を俺に向ける。

 もっとリアクションを期待したのに興が冷める反応だった。


「だから、ドッキリ、ドッキリ。テッテレー!どうどう?ねぇ、今の感想は?今どんな気持ち?」俺はカメラがある方を指差して見せた。

 すると女性は「あ、あぁ……テレビ?テレビですか?」と、やっと口を開いてくれた。

「YTube、YTube。お姉さんYTubeデビューしちゃうから!」

「えっ、いやちょっと勝手に使われるのは……」

「いやいや、そういうの気にしてたら面白い動画なんて撮れないから。」

「……いや、ちょっと……」

 俺は動画の素材が取れたことに満足してその場を後にした。

 自宅に帰り動画の編集をする。

 女性の顔にモザイクは付けなかった。

 だって、モザイクなんて付けたらせっかくのドッキリなのに表情が分からないだろ?

 これはプロYTuberとして自覚が出てきた俺の天才的判断だ。



 今回の動画は受けが良かった。

 再生数がこれまでの比ではない。

 沢山のコメントが寄せられ、「素人にドッキリなんて斬新です」だとか「面白かった。もっとやって」と応援が来ていた。


 俺はその反応を受けて今度もドッキリを敢行した。

 今度のドッキリはカフェで隣に座る客の商品を、こっそり食べるというものだ。

 隣に座る客がスマホを弄っている時や、よそ見をしている隙にケーキを食べ、コーヒーをこっそりと飲んでみた。最初のうちは気づかない量をちょこちょこと盗み食いしたが、後半は調子に乗って大きく一口食べ、コーヒーもほとんど飲み干してみた。

 流石にターゲットに気づかれ俺は口の中のものを咀嚼しながら「ドッキリでーす!テッテレー。ねぇねぇ、今の感想は?今どんな気持ち?」と笑ってみせた。


 動画の視聴回数は投稿すればするほど伸びていった。

 視聴回数に比例してチャンネル登録者数も増える。そしてファンも多くなっていた。


 しかし、である。


 それだけ人目が増えてくるとアンチなる存在が現れ始めた。

 彼らは俺の動画を否定的に捉え、「こんな嫌がらせをドッキリで済ませるな。」とか、「最低の動画」とコメントした。

 俺はそんなコメント気にしていない。

 寧ろ有名になり箔がついたと捉えていた。

 それにいちいちアンチコメントに反応していても、しょうがない。

 そんな事するより、新たなドッキリ動画を取らなければ。

 遂に俺は自分にしか出来ない事を見つけたのだ。

 俺のファンが俺の動画を待ちかねている。

 もう俺は、その他大勢の大人に成らずに済む。

 これからは好きな事で生きていく。

 そう決心して次のドッキリ企画を練り出した。


 ファンが付いた事により俺の動画への期待が上がっている。今度のドッキリは今まで以上のものにしなければいけない。

 俺は考えに考えた末、ある企画を思いついた。


 落とし穴だ。

 ドッキリと言えば落とし穴が定番である。

 思い立ったら直ぐ行動する。

 それが俺だ。

 俺は大きなシャベル片手に近くの公園に行き穴を掘った。

 穴を掘り出して三時間。

 結構な重労働だった。

 2メートル程の深さになった所で穴に段ボールを被せ、上に砂を敷いた。

 我ながら落とし穴があるとは分からない仕上がりだった。

 俺は穴を掘った痕跡を全て処理し、公園の隅の方でカメラを小脇に抱え落とし穴に落ちるターゲットを待った。

 カメラを回してから間もなく、ある男がやってきた。その男はしっかりとしたスーツに身を包み、なんとも公園に来るには似つかわしくない格好だった。


 男は落とし穴の方へ向かっていく。


 やった!


 男は落とし穴まで一直線だった。


 そうだ。そう。もう少し、あと少し……落ちるぞ落ちるぞ……落ちる!


 男は落とし穴に足を踏み入れた。


 が、その瞬間、落ちたのは俺の方だった。


 え?


 突然、地面に穴が空き俺は崩れ落ちるようにそのまま落下し、視界が真っ暗になった。



???????????????????????


 


 ここはどこだ?

 そうだ俺が作った落とし穴にスーツ男が落ちるはずが、何故か俺の足元が突然なくなるように穴があき、そこに落ちて視界が暗くなったのだ。

 

 辺りを見渡すと真っ白い何もない空間が広がっていた。

 目の前を向き直るときっちりスーツに身を包んだ男が立っている。

 見覚えがあった。

 そうだ、さっき俺が作った落とし穴に足を踏み入れた男だ。


 スーツ男は俺に「テッテレー!」と笑って言った。

「えっ?なに?」突然のことに俺の頭には「?」が浮かぶ。

「ドッキリですよ。ドッキリ!」

「ドッキリ?」

「そ、貴方好きでしょ?ドッキリ」

 スーツ男はドッキリ大成功と書いた看板を右手に持ち左手で器用にカメラを回していた。

 俺はまだ理解できていない。

 一体なにがドッキリだったんだ?

 俺が落とし穴に落ちたことだとしたら全然気づかなかった。カメラは?仕掛け人は?逆ドッキリ?もしや、テレビの企画?テレビだったらこれくらいのクオリティなのか?


「……これテレビですか?」

「いや、違うよ。それより、ドッキリの感想は?」

「えっと。まだ状況が飲み込めてないというか。どこからどこまでドッキリだったんですか?」

「あぁ、なるほどね」。男はどこか腑に落ちた様子で笑って答える。

「えっとね、君の人生全てドッキリデーース!」

 そう言って、男はテッテレーとまたネタバレの効果音を口ずさんだ。


 は?俺は耳を疑う。

 俺の人生が全てドッキリ?

 この男は一体何を言っているんだ。


「俺の人生がドッキリって……?」

「いや、だからそのまんまですよ。君が生きてきた十数年の人生全てがドッキリ」

 俺はスーツ男の返答を聞いてもやはり「?」が頭に浮かんだ。

「えっと……いや、流石に意味わからないというか……人生がドッキリだとどうなるんですか?」

「そんなのドッキリなんだから終わりでしょ」男は何を分かりきったこと。と続けた。

 俺は自分でも驚く程、間の抜けた顔と声で、「へ?……終わりって?」と、スーツ男に返した。


「いや、終わりは終わり。後片付けして撤収。それに、ほら君、常々考えてたよね。自分の人生は何のためにあるんだろう?とか、自分は何者なのかとか。あの、つまらないやつ。その答えです。君の存在はドッキリでした!ドッキリ大成功!テッテレー!ねぇねぇ、今の感想教えて?今どんな気持ち?」

 

 目の前のスーツ男はヘラヘラ笑っている。人の人生を弄んだ挙句、終わりだからと、この仕打ち。

 

 俺の中で沸々と怒りが込み上がり「ふざけるな!」と、大声でそう叫んだ。


 「いやいや、君だって散々人に迷惑かけてきたでしょ。何を今更。それに君リアクションがなってないよ。もっといいリアクション期待したのに興醒めだ。最後がこれじゃ編集しても使い物にならないから没だよ。没。全没」スーツ男はおどけてそう言ってみせた。


 俺は没と言われ自分の人生全てを否定されている気分になった。そう考え出したら徐々に自分の意識が薄れ出して行く。今しがた目の前のスーツ男に対して怒っていた感情も無くなっていく。

 いや、怒りの感情だけではない。俺自身が薄れていき虚無感で一杯になったのち、俺は綺麗さっぱりその場から消えた。


「テッテレー。ドッキリ大成功!」

 スーツ男の愉快な笑い声だけが部屋に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る